43 なぞなぞ様

 中央ブロックを囲むように走る環状線の四季ラインを使って西ブロックに入り、小雪ラインに乗り換えて終点まで。


 イオは西ブロック、国語の塔のある主要都市、ジテルペンに降り立った。朝が早いのでまだ辺りはほんのりと薄暗い。


 駅は小高い丘の上にあり、ジテルペンの町を一望できた。ジテルペンは盆地になっていて、その向こうには秀麗なシルエットの、日本人なら一番最初に思いつく山、そう、富士山のような山がそびえて、その下に山々が連なっていた。一面雪景色で、雪をかぶった富士は心が清まるようだ。数学の塔と同じように赤い屋根瓦の七重の塔のような国語の塔がそびえている。


 楽園内にも気候の違いは少しあるようで、今までいた東ブロックはあまり雪が降らなかったが、西ブロックはよく降るようだ。


 イオは改札を抜けると、ブーツの紐を結びなおした。今日のイオの装備は分厚いコートに防水のズボン、厚いニット帽とストック、ポケットにはキャラメルである。イオは顔を上げると、自分で作ってきたメモを見て、そして顔を上げて富士を臨む。


「アメの一族はあの山に住んでいるんだな」


 早朝、朝日とともにイオは富士の雪山登山を開始した。


❀ ❀ ❀


 ずぼずぼと雪に足を沈めながら一歩一歩坂道を登っていくのはかなりきつい。すぐに汗がにじみ、息は上がった。


 楽園に植物はないので、山肌はすべて岩だ。富士のような形をしているが、所詮楽園の中に作られた山なので標高は富士よりもずいぶんと低い。


 一時間ほど登ると、たくさんの大きく、変な形の岩がまるで木のようにびっしりと立ち並び、森のようになっているところまで来た。イオはかなり疲れていたので岩の洞穴に入って休憩をとることにした。頭上高くを覆うようにそびえる岩に阻まれて雪があるところとないところがあり、歩きやすいところを選ぶことができるようになったので、洞穴を探して歩き回ることは簡単だった。洞穴に入ってキャラメルの包みをはがしたときだった。


「ウォォォォォーン」


 何か獣の声がしたように感じてイオは当たりを見まわしたが、何も見えなかった。


「風の音か……?」

 イオは一歩後ずさりした。


チリーン。


 澄んだ高い音が鳴り響いた。振り返ると、お地蔵様が祭られているような祠が洞窟の奥にちょこんとおいてあり、その祠に鐘の形をかたどったような鉄製の風鈴がある。石造りの祠の中には石を彫って作られたであろう人形が鎮座していた。人形の真ん前に風鈴がぶら下がっており、風鈴のなかにぶら下がっている紙、ぜつがその顔を隠していた。供えてある酒瓶の中身は新しく、人が定期的に手入れしていることがうかがえた。


「冬なのに、風鈴」


 イオは人形の顔を見ようと舌をつまんでどかした。チリーンとまた音が鳴った。今度は少しさっきと音が違うような気がした。


 果たして、人形の顔は何もなかった。二頭身のヒトが胡坐をかいて座っており、僧侶のような服装で、右手には大きな鉛筆、左手には消しゴムのようなものを持っている。顔はのっぺらぼうのようになにもなかった。そして、最大の特徴はその人形の頭にあった。その人形の頭には牡鹿のような立派な角が生えていた。


「せ〇とくん、いや、チョッ〇ー……」

 イオは一人、楽園の誰もわかりそうもないことを口走る。


 一体この地蔵はなにを祭ってあるのだろう。今までの感じを見ると地上の人たちはあまり宗教に興味がないようだけど、なにかまた宗教っぽいなにかが絡んでいるのだろうか。


 舌を戻すとき、またチリーンと音が鳴った。今度ははっきりと違う音が出た。


「?」

 イオは爪で風鈴をはじいて音を出してみる。また別の音が鳴った。当たり所によって音が変わるのだろうか。しかし、見たところ風鈴自体は均等な厚みで作られているし、音がこんなにも変わりそうな要素はない。イオはまたはじく。何度かはじいてみると、さっきの聞き覚えのある音がまた聞こえるようになった。


「もしかして、正しいリズムで叩けば何かの曲を奏でることができる……?」


❀ ❀ ❀


 ずぼずぼと雪に足を沈めながら一歩一歩坂道を登っていくのはかなりきつい。何度目かわからない転倒をして、ローレンはしばらく起き上がるのをやめて雪のふかふかを味わう。


 先ほど朝食を済ませてきたばかりだが、すでにおなかが空き始めていた。ローレンは難儀そうに雪から起き上がり、雪をつかんで食べてみる。楽園の雪は人工的に作られているし、楽園の空気は有害なものが可能な限り排除されているので、この雪は安全安心のかき氷と同じなのである。むしろご家庭でつくったかき氷のほうがかき氷削り器の中にある塵や埃を考慮しないといけないので雪よりもやや不衛生という説もある。


「シロップが欲しいですね……」

 ローレンは誰もいない雪山に向かってそうつぶやいた。


「グルルルルル」


 後ろから獣の唸り声がして、ローレンはさっと飛びのいた。どうやら一人ではなかったようである。青く光る化け物が牙をむいてこちらをにらんでいた。モンダイだ。ローレンはペンを抜く。


「な、なぞなぞ?走れメロスの登場人物は何人か?ええと、メロスでしょ、セリヌンティウスでしょ……」


 化け物の猛攻を剣でさばきながら数える。


「に、22人!」

 ローレンは思い切り糸を引いたが、解けなかった。答えが違うのだ。


「いや、なんで?山賊を4人として数えたのが違った?それともまだいたっけ?」


 化け物が咆哮する。


「わかった!最後にメロスにマント渡すだけの少女!23人!」


 化け物は霧散した。


「なんだったんですか……。こんなの国語大臣のテストでも聞かれませんよ」


 ローレンの背後でゴゴゴゴゴという重い石が動くかのような音がした。見ると、大きな岩にしめ縄のような縄が巻かれて白い紙が連なったもので飾られている。その岩の中には空洞があり、その入り口には石でできた大きな格子の檻がはまっているのだが、その檻がゆっくりと開いていくところだった。


「あはは……自動ドア?」


 岩穴の奥の化け物と目があった。


❀ ❀ ❀


「動くな。手を挙げてゆっくりこちらを向け。逆らえば殺すぞ」


 後ろから声が降ってきてイオは手を止めた。感情を読み取る隙を与えないほどに冷酷に淡々とした声だ。しかし、逆らえば殺されるということが瞬時に理解できるほどの強制力を持っていた。


 手を挙げてゆっくり振り返ると全身真っ白な忍者の衣装に身を包み、水色のスカーフをつけた青年が半分まで弦を引いた状態の弓をこちらに向けていた。


「貴様があのふざけた予告状を送り付けてきたテロリストだな。身柄を拘束させてもらう」

 声の調子は冷たく、氷のようだ。


「テロリスト?僕はただの、」

「黙れ」

 イオは縄で手早く拘束され、目隠しとさるぐつわを噛まされて、どこかへと引きずられていった。


❀ ❀ ❀


「はっ、ここは――」

 イオが目覚めると、細長いテーブルの誕生日席の座椅子に縛り付けられていた。長いテーブルの両側にはずらりとヒトが並んで座っていた。全員白い忍者の恰好をしている。


「テロリストが起きた。早速始めよう」

 誰かが言ったのが聞こえたが、全員同じ格好で見分けがつかず、口元が隠れているので、だれがしゃべっているのかわからない。かろうじてスカーフの色が違ったり、弓を引くときに使うのであろう専用の手袋のようなものの色が違ったりする程度だ。


「おい、お前、名前を言え」


「イオです。あの、僕は、」


「黙れ。聞かれたこと以外答えるな。弁明は後で聞く」


「はい」

 異様な雰囲気に圧倒されてイオは頷いた。


「一昨日、このような手紙がこの屋敷に届けられた。すでに一族の者の筆跡とはどれも一致しないことが明らかになっている。内容を読み上げる。『1月20日、族長の儀式の際、なぞなぞ様の首をいただく。燕雀えんじゃく』。これを送り付けてきたのはお前で間違いないか?」


「誤解です。僕はただの、ただの旅の者です」

 自分で言っていてうさん臭さがぬぐえていないのをありありと感じる。


「ではなぜなぞなぞ様の風鈴をむやみやたらに鳴らしたりしていたのだ?納得のいく説明をしてみせろ」

 赤いスカーフのおそらくこの場所で一番偉いと思われる忍者が言った。


「僕は登山をしていたんです。そんな手紙を出してなんかいません。第一、今日は1月20日ではなくて1月6日ではありませんか。僕はあのお地蔵様をなぞなぞ様というなんて知らなかったんです。ただ、あの風鈴を鳴らしたら、風鈴には特別な仕掛けが施されているようには見えないのにも関わらず毎回違う音が出たんですよ。それで面白くなってつい何度も鳴らしてしまったんです」


「ほう、登山」


 部屋中からくすくすと忍び笑いが聞こえる。


「お前のカバンからこのようなものが出てきた。これはなんと説明する?」


 一人の忍者が鋭い矢じりのついた矢をひとつかみ取り出して見せた。


「それは、その……いや!違くて!とにかく僕はテロリストじゃありません!」

 イオが弁明を始めようとして言葉に詰まると、屈強そうな体つきの忍者が二人イオの背後に立った。変な汗がだらだらと背中を流れ落ちるのを感じる。


「有罪!処刑する!」

「うわあああああ!」

 イオは両脇を抱えられて座椅子に縛り付けられたまま広間から引きずり出され、抵抗もむなしく中庭のような場所に引き出された。


❀ ❀ ❀


 中庭のような場所には斜めに高く盛られた土の壁がそびえていて、その脇に小屋があるだけで他には何もなさそうだった。イオは土壁を背にして座らされた。夕方でまだ明るかったがかなり風が冷たかった。


「サミダレ、やれ」

 サミダレと呼ばれた青年が進み出て、イオの正面に立った。白い忍者装束に水色のスカーフ。その手には物騒な武器が、弓が握られていた。ペンを変形したものではなく、本物の殺傷能力が高い弓だ。ペンを変形させてできる矢は所詮ガクというエネルギーを飛ばしているだけなので、モンダイだけに作用し、生身のヒトにあたっても、致命傷ですむ。ペンを剣に変えているときも同様で、生身のヒトに入るダメージはそのままの状態のペンで殴ったときよりも少し痛いくらいで、やはり大怪我程度で済むのだが、本物の弓矢ともなれば話は違う。命中すればほぼ間違いなく死ぬだろう。


「本当に違うんですよ!」


 サミダレは狙いを正確につけるためか、マスクをとった。白い髪に藍色の目をしていた。


 銀色の矢が弓につがえられる。イオは叫ぶのをやめて体をゆすって矢線から逃れようとした。座椅子は雪に埋もれてうまくずれていかない。弦が引き絞られていく。


「もしかして、イオさんですか?」


 ザッと音がして、引き絞られていた弓から放たれたばかりの矢がサミダレの足元に突き刺さって小刻みに震えていた。


 イオは顔を上げる。茶色の長い髪をみつあみにして真っ赤で大きなリボンをつけている少女。透き通るようなピンク色の瞳が大きく見開かれてイオをとらえていた。


「ローレン……?」


❀ ❀ ❀


「ええ、それらは全部私です。雪山を走り回ったのでへとへとですよ。よろしければ出た問題を一つずつ申し上げますが」


 イオは隣に座るローレンの顔を盗み見た。最後に会ったのは五月の初め頃なので半年以上の時を経た再開となる。最も、その関係というのも、一度夕食を共にしたというだけのものなのであるが、なぜかイオの印象には強く残っているヒトだった。


 ローレンが中庭に入ってきたことで処刑は中止となり、一同は広間に引き返した。イオはローレンとともに今度は上座に縛り付けられることなく座らされて、目の前にはたくさんの料理が並んでいる。ローレンの説得によって何とかイオは命を取られることを回避した。


「わかりました。なるほど、このイオという者がむやみに鳴らした風鈴によって目覚めたモンダイを片付けてくれたのはあなた様だったのですね」


 赤いスカーフの忍者が合点がいった、とでもいうかのように手を打った。ローレンはそこでイオのほうを向く。


「……あれ鳴らしたの、全部あなただったんですか」


 どうやらイオの見つけた祠の中に祭られていたのはなぞなぞ様というものらしく、風鈴を鳴らすと、山の中にたくさんある大きな岩の中からモンダイが現れ、山の中をうろつくようになるという仕組みだったらしい。イオが何度も鳴らしたので、山中はあわやモンダイであふれかえるところだったが、ローレンがそれを首尾よく倒しまくってくれたというわけらしい。ローレンは軽くほっぺたを膨らませる。


「すみません。知らなかったんです」


「相当鳴らしましたよね」


「ごめんなさい」

 イオが殊勝に謝ると、ローレンは、すぐに「ま、いいですけどね」と言って目の前に並べられている山菜の天ぷらをおいしそうにほおばった。


「この山の危機を救ってくださりまして一族一同感謝しております。この料理はぜひ心行くまで召し上がってください」


 ローレンは天ぷらを飲み込むが早いか次の料理を口に入れる。華奢な見た目とは裏腹にかなりの大飯食らいだ。イオもおなかが空いていたので目の前の天ぷらを食べようとしたが、忍者の何人かがこちらをにらんでいるのがわかったので、小さく口を開けて反省の意を示しつつ、目立たないように食べた。


「ご飯の後は、この山の秘湯にご案内いたします。そこで疲れを存分に癒してくださいませ。そしてもしよろしければ今晩はここに泊って行ってはいかがですか?これから下山するのはかなり大変でしょう」


「いいんですか?それはありがとうございます。ぜひ泊めてください」


 ローレンは口いっぱいに料理をほおばったままもごもごとそう答えた。


「あ、もしよろしければ僕も……」


 イオはおずおずと申し出た。赤いスカーフの忍者はいやそうな顔をしたが、しぶしぶといった感じでうなずいた。


❀ ❀ ❀


 秘湯で疲れを癒して体を温めた後、二人は男女共用スペースのベンチにそれぞれいちご牛乳とコーヒー牛乳をもって座っていた。ここよりも少し山を登ったところにある源泉から温泉の湯を汲んできて大きなたらい風呂で沸かされているらしい。秘湯の湧く場所は先ほど宴会があった屋敷から少し離れた場所にあり、迎えの者が来るまで待つ必要がある。迎えの者が来る約束の時間まではあと三十分といったところだろうか。


「さっきは忍者たちを説得してくれてありがとうございました。僕ひとりではあそこで死んでいるところでした」


「困ったときはお互い様ですよ。見覚えのある姿だったのでもしかしたらと思って」


「そういえばどうしてこの山を登っていたんですか?」


「アメの一族に会うためです。戦争も終わったことですし、私も文系の最高峰からいろいろ教えを受けられないかなと思いまして。――言うならば自主修行ですね」


「そうなんですか」


「イオさんはあんなところでなにをしてたんですか?なぞなぞ様も知らなかったところを見ると、この辺のガイドブックとかも一切読んできていませんよね。急な用事でもあったんですか?」


 さすがはガクシャなだけあって指摘が鋭い。下手な事を言うと今後また殺される危機に瀕したり、家宝を探すどころか屋敷に入ることすら大変になってしまう可能性すらある。


「実は僕もアメの一族に用がありまして。アメの一族が家宝として持っている矢を見せてもらいたいと思ってきたのですけれど、途中で好奇心に負けて祠をいじってしまったのですっかり危険人物扱いです」

 イオは慎重に言葉を選んだ。


「どうして家宝を見たいんですか?たしか、ずっと代々受け継がれてきた矢で、ペンに加工することができない逆に珍しいタイプの金属を使ってるんでしたっけ」


「そうです。貴重なものなのでぜひ死ぬ前に見てみたいと思っていたんですよ。ほら、戦争も終わって理系でも西ブロックに入りやすくなって今がいいチャンスだと思ったんです」


「私もギモン解消を職業とするものとして貴重なものを見てみたい気持ちはわかりますけど、家宝ですからね。そう簡単に部外者に見せてくれるとは思えないですけど……」


 ローレンはいちご牛乳をぐいっと一口あおる。そしておもむろにイオのほうを見た。潤った唇の隙間から白い歯がのぞく。


「私が協力してあげましょうか?私がうまくお願いして矢を見せてもらえるように仕組んであげます。そのかわり……」


 ローレンがぐっと身を乗り出してくる。温泉のにおいがした。ローレンはイオの耳にささやいた。

「私が危ない目にあいそうになったら、身代わりになってくださいね」


「……いいですよ」

 イオはやや緊張した声で答えた。その答えを聞くとローレンは満足そうに笑った。

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