15 試験一週間前

「今日からちょうど試験前の最後の一週間となります」


 イオもなんとか体力強化の授業のランタンのしごきについていけるようになったころ、ランタンが授業の最初にそう言った。今日からとうとう3組もペンを授業で使うらしい。腰にあるずしりとした重みにイオは少しわくわくした。ちなみにここまでのしごきに耐え切れず、他のコースに転向した生徒も、学園を辞めた生徒もいる。


「チャレンジャーコースの場合、国数理社の4科目の試験を受けていただきます。この学園の試験場で行います。まだ見ていない人は準備がてら事前に見ておくといいでしょう。試験は3日にわたって行われ、指定された時間に指定された試験室に入場し、モンダイと戦ってもらいます。科目ごと試験方法が違うので事前に掲示をよく確認してください。自分の試験の合間はほかの生徒が戦っているところを見学することもできます。パーティーを組む参考になるので、気になる戦い方をする人には声をかけておくのがいいですね」


「パーティ?」

 イオは思わず首をかしげる。


「はい。チャレンジャーは一人で王に立ち向かうことはめったにありません。大体、4、5人のパーティーを組み、得意分野の問いをそれぞれが担当することで王との闘いを制するのです」


「え、でも、王になれるのは一人ですよね。パーティー内で誰がなるか揉めないんですか?」


「揉めません。パーティーを組む時に必ず王になるリーダーを決め、他のメンバーはサポートという形で合意の上、パーティーを組むからです。しかし、ときどき世の中にはそういう話し合いをすっぽっかしてパーティーを組み、土壇場でもめて解散、という例もあります。こういうのはコミュニケーション不足が主な原因であるケースがほとんどですし、そもそもコミュニケーションがうまくいっていないパーティーが強いはずはないので、みなさんもパーティーを組む時はなによりコミュニケーションを大切にすること」


 ランタンは手に持っていたプリントを黒板に磁石で張り付けた。

「で、今日から一週間、皆さんには問いと戦うときのステップの作り方とペンの使い方をしっかりと覚えてもらいます」


 ランタンは机と椅子を教室の後ろに寄せさせて、生徒たちに均等に距離をとるように言った。


「まず、試験開始とともにペンを抜く。そして落ち着いて問いの内容を観察。モンダイは太古の昔、存在していた動物というのにとてもよく似た姿をしているようです。問いの内容をしっかりと把握できなければその姿はぼやけ、焦点が合わないレンズを覗いているようにみえたり、色のついた湯気を見るようだったりと、とにかく内容や被験者の状態によって見え方は様々ですが、問いの真意が読みづらい状況になります。まずはよく観察することです。形がよく見えたら、次は結び目というのを探します。モンダイの姿のどこかにひものようなものが出ていて、結ばれています。それを正しく切り離したとき、あなたたちは問いを倒せるのです。これを、問いを解くといいます」


 ランタンは各生徒の前に一体ずつ問いを出現させた。見覚えがある形状。『あなたの名前はなんですか?』だ。


「結び目が見えますか?それをペンで、どんな切り方でもいいから解いてみなさい」


 イオの前には首元に大きな蝶結びをしたリボンを首に巻く、小さなポニーのような生き物がいた。


「僕の名前は、イオ」


 ペン先がリボンの真ん中に触れるか触れないかの瞬間にリボンがふっとほどけて、その生き物は消えた。


「よし、みんなできたようですね。問いが難しくなればなるほど問いの姿は見えづらくなり、結び目の位置はわかりづらくなり、結び目も簡単にはほどけないほど固くなります。そこで重要なのはヤルキによってペンを武器の姿に変えることなのです」


 ランタンは手の中でペンを日本刀に変えて見せた。


「これで各段に結び目がほどきやすくなります。そして、さらに重要なのは、試験の場合、問いがこちらに襲ってきて、攻撃してくることがあるので、それを上手く避け、確実に結び目に武器が届く距離まで問いの間合いに入らなくてはなりません。あなたたちにそのとき必要になるのがステップなのです。ステップは大体科目ごとで枠組みがあり、それを各自で臨機応変に組み合わせ、応用することが必要です。公式を覚えていくのと同じような感じですね」


 ランタンはそこで全員に本を配った。ステップがたくさん書いてある辞書のようなものだった。

「本日は国数理社の基礎ステップを最低10個ずつ踏めるようになって帰ってください。終わらなければ宿題とします。開始!」


 イオは最初のページを開く。ぎっしりと様々なステップの方法が並んでいた。

「えーと、なになに。こういう場合は右で飛びのいて左右左で勢いよく踏み込むのか……」


 驚くことに、今までの体力強化の成果が明らかに出ていた。体の可動域が一か月前とはまるで違うので、初めて見るステップも楽々と体が動かせる。自分で自分の体を思い通りに動かせている感じがした。「体術はときに勉学に先立つのですよ」というローレンの言葉が浮かんだ。


 ヤルキをペンに流してペンを変形させることも問題なくクリアし、イオは試験への展望が明るくなったと思った。


❀ ❀ ❀


「ふうん、僕の試験日程は一日目に理科、社会、二日目に国語、三日目に数学だな」


 イオが掲示板を見ていると、ふいに後ろから呼びかけられた。

「もしかして、イオ?」


 振り返ると黒髪に緑色の瞳、いたずらっぽい笑顔の少年、リコボで会ったゼムだった。

「久しぶり、ゼム」


❀ ❀ ❀


「驚いたな。イオもこの第九学園に入学しただなんて。前会ったとき教えてくれればよかったのに」


 二人は学園の食堂に来ていた。二人とも3限目の授業が入っていなかったのでのんびりと『今日の定食』を食べていた。今日のメニューはとんかつだ。


「いや、その時はまだ、はっきりしたことは決まってなくて。ゼムは二年生なの?」


「うん、とりあえず、秋の試験で落ちずに済んでさ。もちろん、チャレンジャーコースだよ」


「そうなんだ。そういえば、前のリコボでのこと、気になって調べてみたけど、やはり公開されている情報はないようだった。君はなにか情報をつかんだりした?」


 イオが言うと急にゼムは下を向いて黙り込んだ。

「あ、ごめん。俺、もう余計な事に首突っ込まないように言われてるんだった。イオはこのままこの事件を調べてみたら面白いと思う。俺は、これ以上、調べないよ」


「誰に言われたの?まさか、ケビイシとか、城のお役人とか、」


ゼムは首を振った。

「違う。俺の先生さ。俺、いっつも余計なことが気になっちゃうんだ。夢中になっちゃって、勉強とか、一番大事なことが見えなくなる。この前の進級試験だって、ぎりぎりで、先生に無理を言って、雑用をやることでなんとか進級を認めてもらったくらいなんだ。これ以上よそ見してられない。イオ、このことは二人の秘密にしておくから。話を振っておいてごめん。もう、この話は俺としないで」

 ゼムは下を向いたまま早口でそういうと、席を立った。


「あ……」

イオは何もかける言葉が思いつかずにその背中を見送った。


「お、ゼムじゃん。お前、二年生になれたんだ。来週もまた、あの曲芸披露してくれよ」


 食堂の扉を開けて出ていこうとするゼムに声をかける生徒がいた。三人で歩いてきたそのうちの一人、赤紫の髪と目の男子生徒だ。ゼムはもともと小柄なほうだが、その男子生徒はそれを差し引いてもがっしりとした体つきだ。


「……っ」


「あ?なんだよ、その目。先生に媚び売ってやっとなれた二年生が、まともに試験突破した二年生にガンつけてんじゃねーよ。このネオは学年一位なんだぜ。お前がガンつけていい相手じゃねーんだよ」


 やばい雰囲気だ。イオは深呼吸した。

「あ、あのー、どうかしたんですか?喧嘩はよくないですよ」

 イオはにらみ合う二人の間に割って入った。ネオとよばれた男子生徒がイオのほうを見る。


「なんだよお前、ゼムの知り合いか?安心してくれよ。俺たちはただじゃれてただけなんだから、よ!」


 と、言い終わるが早いか、ネオはイオの体をかいくぐってゼムの脇腹にするどい右フックをめり込ませた。うめき声を口の中で漏らしてゼムは吹っ飛んで扉に背中をぶつける。


 追い打ちをかけるようにすばやいステップを踏み、ネオは腰のペンを引き抜くと見るまに西洋風の剣に変形させて切りかかる。刃が狂暴な光を反射してイオは思わず立ちすくむ。危ない、と思うが、思うだけで声が出ない。


 火花が散って、見ると、ゼムがペンを二本の短剣に変形させ、交差させるようにして攻撃を防いでいた。


「出したな。バカらしいことだ」

 ネオがもう一度剣を突き出すと、ゼムの短剣は形を保てずに一本に収束し、剣というよりは、打つ前の鉄の棒のような見た目になってしまった。


「こらー、そこ!授業以外でむやみにペンを抜くな!」

 だれか先生が駆け寄ってくる声が近づいた。


「あ、先生すみません。ちょっと数学について意見が合わなくて」

 にやにや笑いいながら見ていた二人の男子生徒のうちの一人が急に声のトーンを上げて先生のほうを振り返った。


「うむ、勉強のことならいいが、すぐに戦いを始める態度はよろしくないぞ。しかもここは食堂だ。次からは慎むように。君も分かったね」

 先生は扉に背中を預けるようにして座り込んでいるゼムを見下ろしながら言う。


「あ、もうこいつは次の問いについて考えてるんです。俺から言っておきますんで。すみませ~ん」


 先生が頷いて行ってしまうと、ネオはゼムを一にらみすると、乱暴に扉を開けて出て行った。あとの二人もそれについて出て行った。


「ゼム、大丈夫?」

 イオが手を差し伸べると、ゼムは乱暴にその手を払った。


「大丈夫なら、こんなとこに座り込んでなんかいないだろ」


 ゼムはそのまま開いた扉から外に出ていく。途中ゴミ箱になにか捨てていった。イオが慌ててそれを見ると、ペンだった。改造が施してあるのか、イオが持っているものとは形がずいぶん違った。メカメカしい改造がされており、なにより大きな違いは、そのペンが二つに分かれているということだった。手作りらしく、なんども改良を重ねた跡が見えた。イオはそのペンを持ったまま廊下に立ち尽くした。

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