7 ある酒場にて
ネオン輝く薄暗い路地の突き当り。ビルとビルの間に身をねじ込むようにして存在している一軒のバー。暗い店内にはレコードでかすれた音の時代遅れのポップスが流れていた。窓の外の明かりが揺れるたびにそれがグラスでやわらかく乱反射した。五つのカウンター席と四人掛けのテーブルが一つだけの小さなバーである。
ローレンはグラスに注がれた麦茶をすすり、枝豆をつまんだ。店内の雰囲気とは裏腹に提供するメニューは居酒屋風だ。袴から懐中時計を取り出す。約束の時間は15分過ぎていた。
「いい夕だな」
背後から声がしてローレンは思わずびくりとした。三つ編みに編んだ髪をまとめている大きな赤いリボンが震えた。
「まさかご自身で出向いてくるとは思いませんでした、ルート様。――もちろん、星月夜ですから」
ローレンの隣にフードを目深にかぶった男が腰を下ろす。彼の足音にはやや甲高い金属音が混じっていた。
「ほかの客が出払うのを待っていた」
ローレンは肩をすくめた。客などいなかったからだ。大方、どこか陰に隠れてこちらが妙な真似をしないか確認していたのだろう。……ひょっとしたら地下に入ってすぐから監視されていたのかもしれない。
「取引のものはちゃんとここに。またひいきにしてくださいね」
ローレンが風呂敷に包まれた書類を差し出すと、ルートはすぐにそれを開いて中身を確かめた。やがて一つ頷くと小判の束を机の上にどんと置いた。
「王はまだ計画を実行に移すつもりはないようですが、着々と準備は進めているように思います。任期はあと一年に迫りましたし、なにか始めるなら夏前だと思います」
「過去二週間で怪しい動きは」
「三日前王は東ブロックにケビイシを派遣しました。計画には関係ないように思いますが、念のため。それくらいでしょうか――あー、あと、今日の午前に黒の塔に入ったのを確認しました。コピーとなんらかの接触をもったものとみられます」
「コピーは俺たちヒトに深く干渉できないことになっている。なぜそんなところに行かなくてはならないんだ?」
「さあ。これも関係ないことかもしれませんが、塔から出るさいに入れ違いになった青年と二言三言言葉を交わしていました」
ルートは銅貨を一枚ローレンの前にすべらせた。ローレンはさらに枝豆を注文した。カウンターの向こうで闇にほぼ同化したマスターが黙って頷いた。
「とにかく情報が必要だ。関係ないか関係あるかの判断は俺がやる。さらに二週間ほど地上の情報を集めろ。次の接触は追って連絡する」
ローレンは口いっぱいに枝豆を詰め込んだまま頷く。
「その王と接触した青年についても怪しい点がなくなるまで調べておけ。じゃあ」
ルートは風呂敷包みを長いコートの中にしまいこむと立ち上がった。マスターは闇の中でお辞儀をした。
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