城の中に入ると皆の視線を感じる。

 当然ですわね。わたくしと一緒にいるのは婚約者のライアン様ではなく人気者のキース様なのですから。


「――大丈夫かい?」


 キース様のお心遣いに軽く息を吐く。

 

「ええ。ありがとうございます」

「……ルナリス?」


 にこやかにお礼を申し上げると聞き慣れた声がわたくしの名を呼ぶ。


「……その男は? て言うか、そのドレス……へぇ。僕の言い付けをちゃんと聞くなんて意外と可愛げがあるじゃないか」


 ライアン様はわたくしの体を舐めるように見回すと、いやらしい笑みを浮かべる。


「ふぅん……悪くないね。合格! ほら、こっち来なよ。エスコートしてやるから」

「えー! ライアン様ぁ私はぁ?」

「ティオはルナリスの後でね。一応、僕の正式な婚約者はルナリスだからさ」


 お嬢さんに向かってウィンクを飛ばすライアン様。お嬢さんはそれにメロメロのご様子だ。

 そんな、お二人をわたくしは白けた目で見つめる。


「――っ、ははっ」

「な、なにか!?」


 キース様に笑われて我に返る。


「いや、君でもそんな表情になるんだなと思ってな」

「……っ、お恥ずかしいところをお見せしてしまいまして……」

「あのさぁ、婚約者の前で何イチャ付いてんの? バカなの? ほら、行くよ」


 ライサン様がわたくしの腕を掴もうと手を伸ばしてくるが、それを振り払う。


 ――パシン!


 想像よりも音が大きく響いてしまった。

 予想外の対応にライアン様は驚き言葉を失っている様子だ。


「わたくし、本日はこちらのキース様にエスコートしていただいておりますの。見ておわかりになりませんかしら?」


 わたくしの言葉にライアン様は口をパクパクさせたあと、ようやく言葉を発する。


「……っ、だっ、誰に向かって口聞いてんだ!? 僕の手を振り払うなんて何様のつもりだよ!! 女風情がッ!!!!」


 ライアン様の怒鳴り声にため息を吐く。


「……酷い言葉ですこと。そもそも、今日のわたくしの格好はキース様に合わせたものです。身に着けている宝石を見てわかりませんかしら? この柔らかな青い宝石はキース様の瞳の色と合わせたものですのよ」

「――っ」

「そんなことも分からないだなんて……それで、よく人のことをバカにできたものですわね」

「――お前っ!! 婚約者だからって調子に乗るなよ!!」


 怒りに任せてライアン様が手を上げるが、振り下ろされる前にキース様が掴む。


「先ほどから人のパートナーに対して随分な態度だな」

「――っ!! 誰がっ!! 誰のっ!! こいつは僕の婚約者だっ!! 部外者は引っ込んでろよっ!!!!」


 わたくしは息を一つ落とし、ゆっくりと口を開く。

 

「その婚約ですが、わたくしルナリス・シルバーバーグはライアン・フォリス様との婚約をこの場にて破棄いたしますわ!」


 一瞬の静寂のあと、辺りがざわつき始める。


「――――はあぁ? 何言ってるんだ、お前。婚約破棄? バカじゃないのか!? お前との婚約は家同士の取り決めだ。お前の一存でどうこうできるものじゃないだろう! ハッそんなことも分からないのか? そもそも、王家主催の舞踏会でそんなことがよく言えたな。恥を知らないのか?」


 ふんぞり返りながらおっしゃるライアン様の言葉に思わず笑ってしまう。


「……は? なに笑ってんだよ?」

「いえ。思っていたよりも的確なお言葉をいただいたので」

「はぁ? 僕をバカにしているのか!?」

 

「確かに貴方との婚約は家同士の取り決めですわ。なので、フォリス家にも既に文書を届けております。侯爵様も今頃ご覧になられていらっしゃるのでないでしょうか。勿論、破棄の理由も文書に添えてありますわ」

「…………」


 わたくしは言葉を続ける。


「それから、この場で破棄を申し入れたのは他でもない王家主催の舞踏会だからですわ。シルバーバーグ家とフォリス家の婚約は元々王家の命によって取り決められたものです。ですので、ここにいる皆様に知っていただくのが筋かと思いまして」

「……だっ、だからと言ってッ!!」

「勿論、この場にてお伝えさせていただくことも許可をいただいております。――こちらのキース・オルウェン様にご協力いただきましたの」

「オルウェン!?」


 驚きに声を上げるライアン様にキース様がにこりと頬笑む。


「君は婚約者という立場でありながら、影で彼女に対して随分と酷いことを言っていたみたいだね。噂はいろいろと聞いていたよ」


 ――あら。それは、初耳ですわ。

 まあ、あの時の言葉や態度から想像は付きますが。


「こんなにも美しく聡明な婚約者がいて何が不満だったんだろうね? 俺には想像もつかないよ。でも、君がどうしようもなく幼く愚かでいてくれたお陰で俺にもチャンスが出来たんだ。感謝しているよ」

「…………あっ、……ぁ……ル、ナリ……ス……」

「良かったですわね、わたくしのような可愛いげがなく年上でつまらない婚約者から解放されて」


 わたくしが微笑んでさしあげるとライアン様は助けを求めるように側にいたお嬢さんに視線を移す。

 

「……あ、ティ、ティオ……」


 だが、お嬢さんはライアン様ではなくキース様に視線が釘付けの様子だ。


「キース・オルウェン様……初めて、こんな間近で見ちゃいましたぁ! お噂通りかっこいい~! ライアン様じゃなくてキース様に乗りかえちゃおうかなぁ……うん、決めた! キース様の方が顔もスタイルも家柄もずっと上だし、そうしよっと!」

「ティ、ティオ……?」

「やだぁ気安く呼ばないでくださぁい。もぉティオはライアン様のものじゃないんですからぁ」


 そう言うと、お嬢さんはキース様の側まで駆け寄っていらっしゃる。


「初めましてぇキース様ぁ。ティオでぇす。ティオ、キース様の恋人……ううん。愛人でもいいからお側に居たいですぅ。ルナリス様みたいなつまらない女より若くて可愛いティオの方がずっとキース様に相応しいと思いませんかぁ?」


 相変わらず失礼なお嬢さんだと溜め息を吐く。そんなお嬢さんに対してキース様はにこやかに口を開く。


「申し訳ないが君のような良識のない子供は苦手でね。それに、君の物言いだとルナリス嬢よりも君の方が魅力があるかのように聞こえたが、一度認識を改めてみてはどうだい? 俺は彼女ほど素敵で魅力的な人に会ったことがないよ」

「キース様……」


 キース様の言葉にお嬢さんが見たことのない歪な表情になる。


「はあ? なんですかぁ、それ? ティオのことバカにしてます? もぅいいです。みんな死んじゃえ! ばぁーーーーか!!」

「――ああ。そういえば、君の噂もいろいろと聞いているよ。家柄や見目の良い者たちに誰彼構わずに言い寄っていたみたいだね。男女問わず俺のところにかなりの苦情が来ているよ」

「!?」


 キース様の言葉にその場に居た者たちが一斉にお嬢さんに視線を移す。

 

「俺自身、関係ないと思って放っておいたけど、さすがに今回のことは目に余るんでね。正式にオルウェン家の方で処理させてもらうよ」


 キース様の言葉に、お嬢さんが顔を真っ青にさせる。


「……え? あっ、う、嘘ですよね……? やだやだ待って! ご、ごめんなさい!」


 お嬢さんの謝罪にキース様はにこりと頬笑むだけだ。


「や、やだ、待って……ほんと、やだ、やだぁ……うわーーーーん!! やだやだやだやだやだあぁぁ!! ねぇ、誰か助けてよ! ねぇ!!」


 助けを求められた者たちが逃げるように顔を逸らす。 


「誰かあぁぁーーーー!!!!」


 お嬢さんが叫ぶと同時に玉座にいらした王妃様が立ち上がる。


「誰か、早くその騒がしい者を摘まみ出しなさい!」

「はっ!」


 その言葉に近衛兵たちがお嬢さんを連れてホールを出て行く。


「やだやだ!! 許して!! ねぇ! ねえぇぇぇぇぇ!!!!」

「――それから、フォリス卿のせがれ。そなたも出て行きなさい」

「…………は? な、なぜ僕が!?」

「この騒ぎの本来の原因は貴方でしょう? 貴方が愚かな真似をしてシルバーバーグ家との婚約を破棄されるようなことになったのが元なのですから。貴方の行いは全てわたくし達の耳に届いておりましてよ」

「はあぁ!? なぜ、僕がそこまで言われなきゃならないんです!? だいたい、僕の何が悪いわけ? 僕は、何も間違ったことを言っていないでしょう!? ね、ねぇ、国王様も分かりますよね? 男なんですから!」


 国王様と王妃様は一度目を合わせたあと、呆れた表情を浮かべる。

 

「ライアン・フォリスよ。それは、私への侮辱ととらえるが……良いのか?」

「…………は?」

「早く、この馬鹿者を外へと追い出しなさい!」

「まっ、お、お待ちください!! 国王様っ王妃様っ!!!!」 


 愕然とするライアン様の腕を近衛兵が掴むと、そのまま外へと連れ出し行く。


「誤解です! 国王様っ!! 国王様あぁぁ!!!!」

 

 叫ぶライアン様。

 次の瞬間、彼と視線がち合う。


「……ぁ、ル、ルナ、リス……な、なぁ、頼むよ……、君からも言ってくれよ、誤解だって、なぁ僕たち婚約者だろ……?」

「……はぁ……呆れて物も言えませんわ。国王様と王妃様に対して、よくあのような口が聞けたものですわね……幼稚な方だとは思っておりましたが、まさかここまで考えなしだったとは思いもしませんでしたわ……。この先の、わたくしの人生と貴方の人生が二度と交じることがないことを願っております」


 わたくしの言葉にライアン様が項垂れると大人しく連れて行かれる。



 

 ――その後、王族の皆様は勿論のこと来賓の方々やホールにいらした皆様に丁寧に謝罪すると、わたくしもホールを後にしようとしたが、キース様にダンスを申し込まれて一曲だけお相手させていただくことになった。


「(……この一曲を終えたら帰りましょう)」


 曲が始まりステップを踏む。

 キース様はダンスもお上手なのだと感心していると声を掛けられる。


「ルナリス嬢。君にとっては最悪だったかもしれないが、俺にとって君と過ごせたこの一週間はとても有意義で楽しいものだったよ」

「……キース様は、お優しいのですね。このような私情に巻き込んでしまったのに」

「俺が自分で巻き込まれに行ったのさ。君に近付きたかったからね」


 キース様は少しの間を置いてから口を開く。


「……今、この状況で君に俺の想いを伝えるのは狡いと思う……だから、今は言わないでおくよ。でも、必ず伝えるから覚悟しておいてくれると有りがたい」


 キース様の言わんとすることが、分からないほど子供ではない。


「……はい。楽しみにしております」


 わたくしは、熱い頬をごまかすようにキース様の胸にゆっくりと顔を埋めた。


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【短編】婚約者に散々バカにされて愛人を囲う宣言をされたので婚約を破棄したいと思います スズイチ @10ga1summer

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