第三十話 わたくし南雲屋太一郎は
ついに金曜日でございます。明日は文化祭、今日中に完璧にしなければなりません。
本日はどのクラスも授業が無く、明日の準備をすることになっております。他のクラスは教室での展示やアトラクションなどで、ステージを使うのは有志のバンドと吹奏楽部くらいです。彼らは部室で練習するのでステージ(と言うか講堂全体)は一年一組に占有権があるようです。
我がクラスは昨日までで一通りの流れが出来上がってしまったので、殺陣師としてのわたくしのお役目は終わりです。あとはチャンバラ監督の名倉さんと総監督の宇部君の仕事でございます。
のんびりしていると、イヌがやって来て、椅子に座るわたくしの膝の上に乗りました。そのままずっと名倉さんをご覧になっています。
そういえば昨夜カメをご自宅に送り届けてからイヌが名倉さん(小梅さんの方)を心配しておいででした。なんでも小桃さんの方は成績優秀でご両親もアカデミックな方だということで、過剰に期待されていらしたとか。その過剰な期待で小梅さんの方が「すとれす」を溜めなければ良いが、ということでした。
朝一番に名倉さんにお話ししましたが「あたしと小桃は違うんだ。出来ないもんは出来ないって言うしかないさ」とさっぱりしたご返答でございました。やはり芸の道でご苦労されたのでしょう。わたくしも名倉さんのようにさっぱりした性格になりとうございます。
一限と二限を使って講堂に大道具を運び込み、セッティングを完了したわたくしたちは、三限と四限で昨日までのチャンバラの通し稽古を致しまして、お昼前にはみんなヨレヨレに疲れ切っておりました。
それでも昼餉を食べたら元気が復活致しまして、五限は通し稽古でございます。白石さんが本当にトレンチコートを着て、段ボール製のサブマシンガンを抱えてイヌを抱っこするのには笑ってしまいました。
「この招き猫は貰って行く。返して欲しかったらこの町の金銀財宝全部まとめて用意しておけ。明日取りに来る。わかったな」
「ひぇえ。わかりましたぁ!」
「にゃあ!」
「カット! ダメダメダメ、イヌは声出しちゃダメ。招き猫なんだから!」
ああ、イヌもセリフが欲しいんですよね。もともと一年一組なのですし。
そこへ「あの~」と控えめに蕪月……こちらは妹です。
「イヌにも好きなように鳴いて貰ってもいいんじゃないですか? 鳴かない招き猫なら置物の招き猫だっていいわけでしょ?」
そこへ姉の方が並びます。紛らわしいです。
「せっかくイヌに参加して貰ってるんだから、いいところで適当に声を出して貰った方がウケるんじゃないかな」
いいですね。いい感じにまとまっております。こんな感覚は初めてです。
そういえば——わたくし、これまで同じ年頃の人達と力を合わせて何かを成し遂げたことが無かったような気が致します。
御菓子処・南雲屋の長男として生まれ、跡取りに相応しい教養や立ち居振る舞いを覚えながら、南雲屋の手伝いをしてまいりました。もちろん同年代の丁稚もおりましたし、女中にも同い年の者がおりました。
ですが、わたくしは『坊っちゃん』でございました。立場が違いましたので、女中や丁稚と同じことをしていたわけではございません。丁稚が使いっ走りをしている頃、わたくしは算盤を弾いていたのでございます。そして女中が雑巾がけをしている頃、わたくしは職人さんに教えていただきながら饅頭を蒸していたのでございます。
わたくしの周りには大人が多く、それも『坊っちゃん』として気遣いされていたのです。同年代の子たちもわたくしに敬語を使っておりました。
ここでは、この一年一組ではそんなものは一切ございません。みんなが同じ身分です。全員に名字が許され、商人も職人も公務員も同じ身分なのです。その子供たちにも身分の違いはない、なんと素晴らしいのでしょうか。
そして同じ身分の子供同士が集まり、力を合わせて一つのものを作る。わたくしはこんな楽しいことを知らずに生き、知らないまま掘割に落ちて死んでしまった。ですが太一殿のお陰でこうして『一生知らなかったであろう喜び』を今、感じることができているのでございます。
わたくしはいつ何時、どのような形で太一殿にこの体をお返しすることになるやもしれません。ですがそれまで精一杯、あの当時にできなかったことをさせていただきとうございます。
そう、せめてこのお芝居をお客様にお見せするまでは——。
「ヤアヤア我こそはモモタロウなり~。大事なネマキネコ返して貰おうぞ~」
「にゃ?」
「ネマキネコって何だよ、寝間着かよ」
「招き猫な」
「そか。え~、ヤアヤア我こそはモモタロウなり~。招き猫ダイジ。返して貰おうぞ~」
「野郎ども、かかれ~!」
「うおー」
弱そうな鬼たちです。でもなんだかとても良いです。うん、良いです。みんな、わたくしの付けたチャンバラの振り付けで頑張っています。
なんだか泣けてきます。こんな気持ちになるなんてあの頃には考えられませんでした。
「はい、倒された鬼は後ろの出口からはけて! すぐに村人の衣装を上から着る! 犬、猿、雉はステージへ集まる!」
鬼が全部倒されて降伏したところで名倉さんがこちらを向きました。
「太一、こんな感じでいいかい? あれ……太一?」
わたくしは涙を拭いて大きな声で返事をいたしました。
「はい、大変よろしゅうございます」
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