第二十九話 人間じゃない友達がおってもええよな
今日はおしまい、と宇部が言うのを見計らって、俺は名倉にしがみついた。
「イヌ、帰りますよ」と太一郎が俺を剥がそうとするが、そうはイカの塩辛よ、ってだんだん俺も小梅に感化されつつあるようやな。
俺が断固として名倉から離れないのを見て、当の名倉が「おや?」と気付いてくれたらしい。
「ちょいと太一、イヌはあたしに何か伝えたいみたいだよ」
「そうなのですか?」
俺は大いに頷いた。尻尾かて振ってやった。
「どうしたらいいかねぇ。あんた家ではどうやって意思疎通してるんだい?」
「イヌ用の大きなキーボードで直接打って貰ってます」
名倉はしばらく考えていたが、俺を抱いてグラウンドに出た。
「太一、ここに五十音を書くんだ」
「なるほど、名案ですね」
太一郎は早速グラウンドに五十音を書いた。マ行まででいいんだ、俺はそれで事足りる。
太一郎が「も」まで書いたところで俺はダッシュで「か」のところに鎮座した。
「もう始まってるのかい? 『か』だね?」
俺はすぐに立って『め』のところに行った。
「かめ?」
次は『に』だ。その次は『あ』。
名倉が読んでいく。
「かめに」
「かめにあ」
「かめにあい」
「かめにあいた」
「かめにあいたい」
俺はそこで名倉の足もとに戻って来た。
「かめにあいたい……カメに会いたい? 小桃に会いたいって事かい?」
俺はぶんぶんと首を振った。
名倉と太一郎は顔を見合わせていたが、すぐに名倉の方が頷いた。
「イヌはキーボードで会話するんだろ? それなら小桃を太一のところに連れて行った方がいいね。太一、一緒にうちに来て小桃を連れて帰って。カメはオカメインコだから言葉が話せる」
一時間後、俺は自分の部屋で名倉小桃と向き合うとった。委員長は見事に可愛らしいオカメインコやった。太一郎も席を外してくれた。
俺はまず、階段から落ちたときに委員長を巻き添えにしたことを詫びた。いくら不可抗力や言うても、俺があんなに急いでへんかったらあんな事故にならんと済んだんや。こんなことで委員長が人間として生きられんようになってしもた、どないしても償われへん。
それやのに、小桃はオカメインコのまま笑ったんや。
「気にしないで。大丈夫だよ」
オカメインコの声やけど、彼女が喋るのを初めてまともに聞いた気がした。
「どうしたの? それだけ言うためにわたしを呼んだんじゃないんでしょ?」
俺は素早くキーボードを叩いた。猫パンチで。
『俺のせいで委員長がオカメインコになってもーたから』
「わたし、インコ生活楽しんでるよ」
『小梅が委員長の体使うて学校で楽しゅうやっとるん見ても、なんとも思わへん?』
「わたし、学校に友達いなかったし。委員長なんてやりたくなかったし。南雲君はわたしと違って友達がいっぱいいるから人間でいたかったんでしょ?」
友達か……。
「小梅ちゃんはみんなとすぐに打ち解けちゃってお友達もたくさんできたみたいだし、親分肌だからみんなついてくる。小梅ちゃんの方が委員長向きだよ」
『せやけど、人間に未練ないのんか?』
「ない」
うっわ。ずいぶんはっきりと言いよったな。しかも即答やで。
「父は大学教授で、母はコラムニストなの。両親は何も言わないけど、わたしに期待してるのが凄く伝わって来て辛いんだ。親戚も『小桃ちゃんも大学の先生になるのかしら、小説家さんかしら』とか言って、なんだか本当にしんどくて。高校も大学もそれなりのところに入るのが当たり前みたいになっててね」
すまん、俺もナチュラルにそう思っとった。いや、名倉アタマええし。
「インコなら高校も大学も関係ないし、誰にも過剰な期待はされないから。小梅ちゃんの方は記憶が曖昧って事になってるから、両親もそんなに過剰な期待しないと思うし、好きなように生きられるんじゃないかな。わたしは鳥だからそんなに長く生きられないと思うけど、それでいいと思う。自分に与えられた体で精一杯生きればそれでいいの」
自分に与えられた体で死ぬまでを精一杯生きる——。
せやけど、太一郎は現代に生まれ変わって……その、小梅に……恋したような気ぃするんやが。
ちゅー俺の心の声が届いたんか、小桃は小首を傾げて続けた。
「小梅ちゃんも太一郎君もそうやって生きてるから、ある日突然南雲君が自分の体に戻ってしまって太一君が死んでしまうというか、いるべき場所に戻ることになったら、それはそれで彼が精一杯自分の器で生きたことになるから、後悔しないと思うんだ」
やっぱり名倉は俺とは頭の出来が違うな。なんか妙に納得したわ。
じゃあ俺は自分に与えられた猫の体で精一杯生きるちゅーことや。
『なんやスッキリしたわ。おおきにな。名倉と話すの初めてやったけど、話せて良かったわ』
「どういたしまして」
『なあ、名倉は友達おらんて言うとったけど、俺、猫やけど友達でええよな?』
「鳥で良ければ喜んで」
その後、太一郎と一緒に小桃(オカメインコやけど)を名倉の家まで送った。
なんで俺、今まで名倉と話さなかったんやろな。あいつ、いいやつやな。鳥やけど。
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