第十六話 イヌの意志

 昼休み、宇部と太一郎と名倉は三人で机を突き合わせて一緒に飯を食っとった。宇部はとっととおかずを一皿平らげ、その皿を洗ってきてそこに俺のための牛乳を入れてくれた。コイツ、こんなに配慮が細かいのになんでモテへんのや? 俺がうまそうに牛乳をペロペロなめとると、太一郎が「イヌは牛乳が好きなんですね」と笑顔を向けよった。言うとくけどな、俺はイヌいう名やがサバトラの猫や。もっとか言えば意識は人間や。忘れんといてや。

「江戸時代の人間はみんな剣道ができんのか?」

「江戸時代とはなんでしょうか」

「あたしたちが生きてた時代を江戸時代って言うらしいよ。歴史の資料集に書いてあった。ほら、幕府が江戸にあったでしょ。だから」

「ああ、江戸城ですね」

 なんや俺の体やけど、南雲太一と委員長が仲良うしてんの、えらい新鮮やな。

「あたしたちがやってたのは剣道ってのとはちょっと違うみたい。やっとうっていうのさ」

「やっとう?」

「剣術のことでございます。えい、やっ、とう……とやるので、やっとうと」

「何が違うんだ?」

 宇部が俺の皿に牛乳を注ぎ足しながら言う。ホンマによう見とるな。

「防具でしょうかね。やっとうの稽古に防具はございません」

「そうだね、それに剣道は後ろから斬られることを想定してないね。辻斬りなんかどこから来るかわからないからね」

 辻斬り……マジで江戸っぽいやん。

「江戸の子供らはみんな辻斬り対策に剣術やってんのか?」

「まさか。今で言う塾のようなもんさ。商人の跡取りは割とやっとうやってる子多いね。大店の息子の嗜みって感じかね」

 太一郎がうんうんと首を縦に振りよる。そんなにアピールせんてもええって。

「あたしは役者だから、剣術ができないと恰好がつかないもんでさ。だけど南雲君はかなりできるようだねぇ」

「はい。わたくし剣術大会・商家子供の部で優勝しましたから!」

「そりゃかなり強いよ。あたしの用心棒やって貰おうかね。あ、今はボディーガードって言うんだっけ?」

「名倉さんはもうそんなに伴天連の言葉を!」

 まずお前は「英語」って単語を覚えろ。

「日本は安全な国だからボディガードなんか要らねえって」

「ですが、名倉さんは護身用に懐刀をお持ちになった方が良いのでは?」

「バカ、そんなもん持ってたら銃刀法違反でとっ捕まるぜ」

「じゅーとーほーいはん?」

「誰に捕まるのさ」

「警察に決まってんだろ。あーええと、お前らの知ってる言葉で言うと、同心だか、岡っ引きだか、与力だか、なんかそんなやつだ」

 いやいやいや、それ知っとる宇部がすげえって。俺そんなの知らへんし。

「つまり懐刀を持っていると罪人扱いになるということですね」

「そ。銃と刀の決まり事だから銃刀法な。刃物全般と鉄砲ってこと。鉄砲は免許を取れば持てるんじゃないかな」

「それにしても宇部君がいてくださって本当に助かります。わたくしたちだけではこの世界に馴染むのは容易ではありませんし」

 まったくだ。もっとちゃんと礼言っとけ。宇部は時代劇だって詳しいんやで。

「それよりさ、名倉はインコと会話ができるんだろ?」

「うん、意思疎通はできるよ」

「南雲はイヌと話せないのはキツイよな。スマホじゃ小っちゃすぎて打てねーし……あ、待てよ? 南雲お前パソコン使えるか?」

「いえ。部屋にはございましたが」

「じゃあ、イヌに使い方教えて貰え」

 何を考えとるんや宇部?

「そんでな、親父さんに頼んでキーのデカいキーボードを作って貰え。南雲の父ちゃんはオタクで、お前のパソコンは親父さんが作ったはずだ」

「にゃっ!」

「ほら、こいつもそう言ってる。キーボード作るくらい朝飯前のはずだから、テキトーな事言って作って貰え。そうすればコイツが猫パンチでキーボード入力できる。それでおまえと会話ができるって寸法だ」

 え、マジか宇部天才過ぎんか?

「わかりました。家に帰って早速頼んでみます」

 これで太一郎や宇部と意思疎通できるようになるかもしれへん。俺は家に帰るのが待ち遠しかった。

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