47
――シャーリンはフェロ―シャスを追い詰めていた。
城壁を背にして震えている彼に対し、剣を突きつけながら笑みを浮かべている。
「シャーロット……お前なのだろう……? 私のことを、まだ恨んでいるのか……?」
「私はシャーリンだよ。人違いじゃないのかい、元王さま」
「いや、お前は間違いなくシャーロット、シャーロット·グランテストだ、そうだろ!?」
シャーロット·グランテストとは――。
フェロ―シャス·リフレイロードと婚約していた公爵令嬢の名だった。
王国でも一二を争うほど裕福なグランテスト家の娘であったが。
彼女の両親が他国と手を結んで、王国の情報を売っていたことが明るみになり、処刑された。
没落後の彼女は、自害した、奴隷として売られた、などの噂がいくつも出た。
だが、シャーロット·グランテスト本人は完全に姿を消したため、本当はどうなったのかを誰も知らない。
そんな人物の名を、フェロ―シャスはシャーリンに向かって叫んでいた。
シャーリンの反応は薄いが、彼は確信しているようだった。
何度もシャーロットと名を呼んで頭を下げては、必死に命乞いをしている。
それでもシャーリンの態度は変わらない。
自分はシャーロット·グランテストなどという公爵令嬢ではない。
悪名高いギルド――
「わかった、わかったよ……。そこまで言うなら別人なんだろうな……」
「理解してもらえたようだねぇ。それで、覚悟のほうも決まったかい?」
「……シャーロット。いや、シャーリン! ここは私のことを見逃してくれないか!?」
フェロ―シャスは何を考えたのか。
その場で両膝をついて地面に頭を擦りつけた。
王族としての誇りも、恥も外聞もかなぐり捨てた行為だ。
それに人違いだと理解したのなら、今していることが無意味であることくらい、聡明だといわれたフェロ―シャスならばわかりそうなものだったが。
「頼む! 私にはまだやらねばならぬことがあるんだ! この国を他国に負けぬように強くするために、私はこんなところで諦めるわけにはいかない!」
フェロ―シャスは悲願し続けた。
自分のやってきたことが、人として間違っていることはわかっていた。
しかし、それでもやらねばならぬ。
誰かが悪役になって国を強くしなければ、これからの乱世を生き残ってはいけない。
すべてはリフレイロード王国を守るためなのだと、歯を食いしばって叫んだ。
「……行きな」
シャーリンは彼の言葉に何か思うところがあったのか、剣を収めて背を向けた。
そのまま歩き出し、地面に屈しているフェロ―シャスから離れていく。
「見逃してくれるのか?」
「好きにとらえるといいよ」
「……やっぱりお前はシャーロットだよ。お前は昔から優しい人間だった……。だから……すべて失ったんだよッ!」
フェロ―シャスは突然立ち上がり、背を向けたシャーリンへと剣を突いた。
がら空きになった彼女の背中に、今まさに刃が届こうとしている。
「死ね! シャーロットッ! お前ごときが私を見下した罰を受け――ッ!?」
しかし、フェロ―シャスの剣はシャーリンには刺さらなかった。
それどころか、彼女はフェロ―シャスの背後に回っている。
確実にシャーリンの背中を捉えていたのに。
刃は突き刺さる寸前だったというのに。
どうして自分の後ろにシャーリンがいるのだ。
フェロ―シャスは戸惑いながらも振り返り、彼女へと斬りかかろうとしたが――。
「やれやれだね」
「がはッ!?」
反対に腹部を剣で突かれた。
生まれて初めての出血。
それがこともあろうに刃が内蔵まで達する初体験を味わい、フェロ―シャスは痛みで何も考えられなくなっていた。
ただ腹を抱えながらのたうち回り、あまりの苦痛に叫ぶのをやめられない。
「安心しなよ。どうせあんたのことなんて今日で忘れるから。“私ごとき”に二度と見下されることはない」
「シャーロットォォォッ!」
「さよなら、私が愛した人……」
シャーリンは、絶叫したフェロ―シャスの頭部に向かって剣を振り落とした。
声は止み、裏門の城壁の前に静寂が戻る。
剣を捨て、空を見上げる。
雲一つない青空を眺め、シャーリンは血で汚れた顔を拭った。
そのときの彼女は、どこか浮かない表情をしていた、
――広場でのアテンティーヴの演説後。
王殺しに直接手を下した犯人が捕まり、国内にいたフェロ―シャス派の人間たちも捕縛された。
逃亡を図ったフェロ―シャスと彼の側近たちは、城壁の裏門で死体となって発見されたが、誰がやったのかはわかっていない。
フェロ―シャスが王殺しの首謀者とされ、さらに亡くなったため、空席となった王位には第三継承者であるアテンティーヴがつくことになった。
母は病死。
父が殺され、兄も姉も死んだ今、王族リフレイロードの血は彼女だけだから当然のことだった。
「これからも、私と国のことを頼みます」
玉座に腰を下ろし、その小さな体を収めたアテンティーヴの前には、王国騎士団のオルタナ·オルランドがいた。
彼は今回の案件の功労者だった。
フェロ―シャス派の目を
王女本人が、オルタナのことを非常に信頼しているのもあって、彼は今女王となったアテンティーヴにもっとも近い位置の騎士となっていた。
「それが私の使命だと思っております。まだまだ
オルタナは自前の細い目でアテンティーヴを見て平伏すると、その口角を上げた。
――リフレイロード王国の中心部から離れた砦内で、シャーリンたちの一派が酒盛りをしていた。
それは昼間から行われ、すでに暗くなっているというのにまだ続いている。
その中には、シャーリン一派の筆頭であるネイルの姿やフリー、ガーベラ、ファクトもおり、皆、笑顔で歌を口ずさみときには踊り出したりしていた。
メロウ·リフレイロードが死んだことで、シャーリンのギルドでの立場が危ういものとなりかけたが。
今は
その理由は、シャーリンには今回の案件で、王国の最高権力者であるアテンティーヴ·リフレイロードとの繋がりができたからだった。
これまで水面下で敵対していた国と
女王とシャーリンの関係で流通、販売などのシノギがしやすくなったのもあり、ギルドマスターのディオヘッドを大層喜ばせた。
「シャーリン」
「リットか」
そんな宴会の中、シャーリンは皆から離れて一人でいると、そこへリットが現れた。
リットは手にワインの瓶を持って一口飲むと、ウッとえずいている。
そんな彼女を見たシャーリンは、彼女からワインの瓶を奪うとそれに口をつけた。
「子どもがいっちょまえに酒なんか飲んでんじゃなよ」
「だって、みんな美味しそうに飲んでるんだもん。それが、まさかこんなマズいなんて思わないじゃん」
軽口を叩き合った二人は、空を見ながら並んだ。
今夜の空は雲で覆われており、月も星も見えない状態だった。
「ねえ、リット。これからどうすればいい?」
「そんなの決まってるでしょ」
「そうだったね……。やれやれだよ。姉妹分の契りなんて、安易に結ぶもんじゃないねぇ」
口では悪く言っていたシャーリンだったが、その顔は微笑んでいた。
彼女は握った拳をリットに向けて掲げる。
無表情だったリットの顔にも笑みが浮かぶ。
そして、彼女たちは握った拳をぶつけ合った。
互いに顔も見ることなく、真っ暗な夜空を眺めながら。
了
無実の王女と四人の罪人 ~出会いから始まった絶望と希望、追放者たちの戦いの軌跡~ コラム @oto_no_oto
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