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盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの幹部を目の前にし、フェロ―シャスは青ざめていた。


そして、うように彼女から離れようとしている。


王族の威厳いげんをかなぐり捨てたなんとも情けない姿だ。


側近たちには、どうしてフェロ―シャスがそこまでシャーリンを恐れるかわからなかった。


フェロ―シャスは若い頃から文武両道で、剣の腕でも現役の王国騎士団にもおとらない実力を持っている。


たしかに武闘派で有名なギルドの女幹部とはいえ、賊はシャーリン一人だけだ。


そこまで恐れる必要はないはず。


だが、今は考えている場合ではないと、側近たちはあるじを守るために剣を抜く。


シャーリンは盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの仲間を連れていない。


王国騎士団もまだ来ていない。


この女さえ殺せば我々は逃げ切れる。


側近たちはシャーリンを囲んで、慣れない剣を手に彼女へと迫った。


まだ倒れている兵にも声をかけ、早く賊を討てと何度も声を張り上げる。


「やれやれだね。あんたらはお呼びじゃないんだけど……」


シャーリンが辟易へきえきとした表情でため息をつくと、彼女を囲っていた兵が次々と倒れていく。


側近は慌てて身構え、動く人影に目をやると黒髪の女が剣を振り回していた。


リットだ。


彼女はシュガーを倒した後に、ファクトとガーベラがアテンティーヴを皆の前へ出したことを確認し、シャーリンのことを追いかけていた。


一応ファクトの計画では、リットではなくアテンティーヴ王女と引き合わせてくれた協力者がシャーリンと共に、逃げるフェロ―シャスたちと戦う話だったのだが。


作戦を聞いてなかったのか、リットはこの場に現れた。


「あんた、なんでここにいんの?」


「えッ? だって手が空いてたし。それよりも元王さまが逃げてくよ。早く追いかけなきゃ」


「やれやれ……あんたは本当にやれやれって感じだよ」


シャーリンはリットに呆れながら後を任すと、包囲を抜けてフェロ―シャスを追いかけていった。


残されたリットは、シャーリンを追いかけようとする側近らの前に立ちはだかる。


それなりに強いようだが、所詮は子供、多勢に無勢。


たった一人で何ができると、リットのことを囲み始める。


側近たちも慣れないなりに腕に自信があるのだろう。


不意打ちで何人かやられたが、自分たちが有利なのは変わらないと、リットとの距離を詰めていく。


「いやーよかったよかった。間に合ったみたいですね」


側近たちがリットに襲いかかろうかというとき、そこへ細目の騎士――オルタナが現れた。


オルタナは飄々ひょうひょうとリットたちへ近づいていき、ゆっくりと剣を抜く。


王国騎士団ではなく、オルタナが一人で現れたことに安堵した側近たちは、彼に取引きを持ちかけた。


もし我々の逃亡に手を貸してくれるのならば、平民上がりの騎士では一生手に入らない報酬ほうしゅうを支払うと。


一方でリットは、彼らの話を聞きながらも表情一つ変えていなかった。


強い敵が増えたというのに、彼女はどうでもよさそうな顔をして、傍にいた側近に斬りかかる。


「えーい、なんと卑怯ひきょうな! オルタナ·オルランド殿どの! どうだ? 我々に協力して――ッ!?」


「卑怯なのはあなたたちでしょう?」


側近の一人がオルタナに声をかけた瞬間、その男ののどに剣が突き刺さった。


オルタナはヘラヘラとした表情のままで、次々に側近たちを斬り殺していく。


リットは何が起きているかよくわからなかったが、まずはフェロ―シャスといた連中だと思い、慌てふためく側近たちを息の根を止めていった。


裏門前が血塗れになった頃には、その場に立っているのはリットとオルタナだけとなっていた。


二人とも返り血で真っ赤に染まりながら向き合い、先にリットが口を開く。


「あんたで最後だ……」


オルタナは何も言わず、ただ剣を構えた。


リットが斬りかかる。


凄まじい斬撃の嵐がオルタナに襲いかかった。


剣が攻撃を受けるたびに欠けていく。


「魔力をまとった剣……これは恐ろしいですね」


「姉さんはもっと上手く使ってたよ」


淡々と剣を振る速度を上げていくリット。


堪え切れなくなったオルタナが後退していく。


「騎士っていっても普通なんだね。やっぱメロウ姉さんより凄い人なんていないんだ」


「まあ、私は平民上がりですし。王族と比べられても困りますよ」


優勢だったリットだったが、欠けていくオルタナの剣が砕ける前に、先に彼女の剣が粉々になった。


魔力を供給され続けた剣に限界が来たのだ。


リットは一度下がると、傍に転がっていた死体から剣を奪った。


それから仕切り直しとばかりに、身構えて再びオルタナのことを見据える。


「あんた、やる気ないでしょ?」


「わかってるなら話が早いですね。とても勝てそうにないので帰らせてもらいます。君はシャーリンさんを追うといい」


オルタナはリットの問いに答えながら、倒れていた馬車を引いていた馬を起こした。


馬の顔を撫でてあやしてやると、彼はそのまままたがってこの場から去っていく。


リットは、オルタナを追いかけることはしなかった。


興味なさそうに彼が去っていくのを眺めると、すぐにシャーリンの後を追った。

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