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――国の中心にある広場には多くの人々が集まっていた。


平民たちが壇上を見上げ、設置された席には貴族や王族が着いている。


間もなくリフレイロード王国の式典が始まる。


この行事は毎年おこわれ、国の繁栄を祝うものだ。


特に今年の祭りは王殺しの罪人であるメロウ·リフレイロードを討ち取ったシュガー·オルランドの騎士叙任式も兼ねている。


国の英雄を称え、現フェロ―シャス王の体制を盤石ばんじゃくにするためのものでもあった。


「見ろ! シュガー·オルランド様が出てきたぞ!」


「まあ、なんて凛々しいのかしら。まさに騎士に相応しい姿ですわ」


表彰台の近くにシュガーが現れた。


彼女のために作られた白銀の甲冑を身につけ、その堂々とした姿に、民衆だけではなく貴族すらも目を奪われている。


会場の周辺を、当然、王国騎士団が兵を連れて見張っていたが、誰もがお祭りムードでシュガーのことを心から祝っていた。


もともとマスタードの創設した組織であるアナザー·シーズニングのメンバーが多いのもあってか、幼き頃から知る彼女がついに騎士になるのだと、誰もが感慨深そうだ。


「シュガー·オルランド。王の前へ」


儀式の立会人を任された者が口上を述べ始め、シュガーに声をかけた。


彼女は慇懃いんぎんに頭を下げると、フェロ―シャスの前に片膝をつく。


民衆から歓声が上がり、広場には熱気が渦巻いていた。


素晴らしき王だった先代からフェロ―シャスが王へと変わり戦争や犯罪が増え、不安をため込んでいた民たちが、新たな英雄の誕生に心をおどらせている。


フェロ―シャスは民たちを見下ろしながら思う。


なんと愚かな者たちだ。


普段は不満しか口にしないくせに、大々的に祭りをやれば安心する。


生まれの違いこそあれ、平民とは自分で考えることをしない連中だ。


だからこそ制御しやすい。


英雄が国を救う?


そんなわけあるか。


そんなおとぎ話で国が動いたりはしない。


すべては我々のために仕組まれたことなのだと、フェロ―シャスはまるで汚物でも見るかのような目をし、鼻を鳴らした。


次に彼は、目の前で片膝をつくシュガーを見下ろす。


メロウは死んだ。


そういう意味でこの女は英雄だが、所詮しょせんは駒の一つに過ぎない。


お前は民衆を安心させる虚像に過ぎない。


国を動かすのは英雄ではない。


そう、フェロ―シャスが思っていると――。


「敵襲! 敵襲だ!」


周囲を見張っていた兵の悲鳴のような声が聞こえてきた。


広場の周りから金属音が鳴り響き、中には城門や城壁を破壊する破城槌はじょうついでも使ったのかという衝撃音まで聞こえてくる。


さらに炎と風が舞い、王国を称える式典が地獄絵図へと変わっていく。


民衆は慌てて逃げようとしているが、騎士団が集めた兵に遮られて動けずにいた。


「国王さま! 儀式の途中で申し訳ございませんが、私もあちらへと向かいます! 誰か! フェロ―シャス王をお守りしろ!」


シュガーはすぐに立ち上がると、フェロ―シャスに頭を下げ、王を衛兵に任せて騒ぎの中心へと駆け出していった。


人混みをかき分けて走るシュガー。


進んでいく彼女の目に入ったのは、黒髪の女が凄まじい勢いで兵を殺し、向かってくる姿だった。


メロウ·リフレイロードと同じ魔法剣を使う女――リットだ。


「貴様は……あのときのッ!」


シュガーは剣を抜き、リットへと斬りかかった。


リットはこれを受け、金属音に驚いた平民たちが悲鳴を上げながら二人から離れていく。


互いに剣を重ね、リットをにらみつけるシュガーに対し、彼女は無表情のままだ。


まるで転がっている石でも見るかのような視線で、殺意をたぎらせているシュガーを見返している。


「貴様はまだわからないのか!? メロウ·リフレイロードはもう死んだ! お前のやっていることに意味などない!」


「姉さんは生きてるよ」


ガキンと金属音がまた響く。


リットの剣が魔力で輝き、シュガーの身に付けた白銀の甲冑をかすめただけで砕く。


堪え切れずに下がらされる。


「狂人が! 貴様も見ただろう! 私の剣に貫かれたメロウ·リフレイロードの死に様を! 私、シュガー·オルランドがマスタードさんのかたきを討ったのをッ!」


「ああ、あたしがったおじさんか。そういえばあんたに似てるかも。……喋り方とか?」


魔力を纏った剣を受け、シュガーの剣が欠けていく。


剣の技術ではシュガーが上回っていても、どうしてだが全く手が出せない。


一方でリットは吠えるでもなく、気迫に身を任すでもなく、淡々と剣を振っていた。


基本など一切ない乱暴な剣技。


だが速い、速すぎる。


シュガーはあまりの斬撃の速さに対応できず、防戦一方になっていた。


落ち着いて対処すれば、いくらリットの剣が速くとも彼女の実力ならば負けることはない。


だが今のシュガーは、まるで死んだはずのメロウ·リフレイロードがよみがえったと錯覚を起こしていた。


魔法剣を使う黒髪の女――リットがメロウと重なって見える。


これはなんだ?


自分はメロウ·リフレイロードの亡霊と戦っているのかと、彼女は混乱で剣が上手く振るえなかった。


「認めないぞ! 私は認めない! 死んだ者が生き返るなど、ありえない! すべての元凶だったメロウ·リフレイロードは、私が殺したんだぁぁぁッ!」


「さっきからうるさいよ」


リットは、声を張り上げて飛びかかってきたシュガーにそう呟くと、すかさず斬り返した。


甲冑ごと胴体を斬り裂かれたシュガーは、粉々になった鎧と自らの血にまみれ、リットの目の前に転がった。

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