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――王殺しのメロウを始末したことで、国内に水面下で行われていた警戒網は解かれた。


その功労者として、彼女に止めを刺したシュガーは騎士となり、亡き恩人マスタード·オルランドのかたきを討ったと共にそのせいを名乗ることに。


「おめでとう、シュガー。マスタードさんの下にいた仲間の中で、これで君が一番の出世頭になりましたね」


オルタナはケガをしたシュガーの見舞いのついでに、彼女に与えられた恩賞を伝えた。


平民だった彼女が騎士となり、さらに爵位や領地を与えられたことを、まるで自分のことのように嬉しそうに話す。


しかし、シュガーはあまり喜んではいなかった。


それは、共にマスタードの下で学んだ戦友であるヴィネガーとソルトを失ったからだった。


いくら恩人の仇が討てたとはいっても、どんな褒美ほうびが与えられようとも、友人が死んだのだ。


二人の力なくしては、マスタードの無念は晴らせなかった。


シュガーは自分は幸運なだけだったと、あのときのことを振り返って語った。


「気になるのは、元パノプティコンの囚人たちのことだ。連中には盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの幹部シャーリンの後ろ盾があるはず……。また国に害をなそうとするかもしれない」


「そいつはどうかな」


「なに? 何か知ってるのか、オルタナ?」


傷の痛みなど忘れ、シュガーはベットから身を起こした。


オルタナは彼女に無理しないように言うと、リットたちの置かれた状況――ひいてはシャーリンのギルドでの現状を説明した。


アテンティーヴ王女の確保に失敗したリットたちは、おそらくシャーリンの息がかかったところに身を隠している。


そのシャーリンは今回の失敗と、なによりも姉妹分となったメロウ·リフレイロードの死が尾を引き、ギルド内で立場を失っているはず。


再起を図るならば、それこそ王国の騎士団を全滅させるか、もっと国を揺るがすようなことでもしない限り道はない。


「ですが、今の彼女たちにそんな力があるとは思えませんけどね」


「どうしてだ? シャーリンは盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの幹部だろう? ギルドが手を貸せば十分に戦えるんじゃないか?」


「それはない」


オルタナは言い切ると、再び説明を始めた。


盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの面々は、元をたどればディオヘッドの力に憧れて集まった荒くれ者たちだ。


ギルドマスターを親父を仰ぐ他のギルドにはないシステムで疑似家族なり、互いを兄弟、姉妹と呼び合う関係性だが、その実は嫉妬と冷戦が続いている。


所詮しょせんは国のはみ出し者たち。


どんな組織にもほころびがあるように、盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフも一枚岩ではない。


失敗したシャーリンから、彼女の持つ権力や経済活動をもぎ取ろうとするに決まっている。


人の不幸はみつの味だ。


それが表立って嫌えない人間の悲劇ならばなおさら。


今頃盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの幹部連中の間では、シャーリンの失敗を酒のさかなにして、祝宴でもしている人間ばかりだろう。


「だから君はゆっくり傷を治すといい。今度の式典じゃ主役みたいなものだからね」


「そ、そうなのか……」


シュガーは胸のつかえが取れたかのように力を抜くと、ベットに倒れた。


オルタナはそんな彼女を見て、その細い目をさらに細めて笑顔を作る。


それからちゃんと食事を取るようにと言う。


「もっと肉がついているほうが私の好みですしね。しっかりと栄養を取ってくださいよ」


「なッ!? なにを言ってるんだ、お前は!」


顔を真っ赤にして声を荒げたシュガーに、オルタナは言葉を続けた。


君は出会った頃から変わらない。


我らが恩人マスタード·オルランドの意志を誰よりも受け継いだ、治安維持組織アナザー·シーズニングに咲いた美しき大輪だと。


「君は私にとって、手の届かない憧れだった……」


「オルタナ……」


「ヴィネガーとソルトの死……治安維持組織の解散は悲しいですが、君のような高潔さを持つ者こそが騎士になるべきです」


沈黙が部屋を覆い尽くす。


言葉が出ないのではない。


喋ることができないのではない。


シュガーは、オルタナの言葉に驚きを隠せなかった。


互いに幼少期から知っているだけに、彼がこんな風に自分のことを思っていたなんて、彼女は知らなかったのだ。


「おっと、変なことを言ってしまいましたね。私も皆の死でおかしくなっているようだ。この辺で失礼しますよ」


それからオルタナは、シュガーのいる部屋から出ていった。


残されたシュガーは思う。


マスタードの仇が取れた。


これはどんな恩賞をもらうことより、騎士になることよりも嬉しいと、彼女はベットの中でもぞもぞ動き、喜びを噛みしめていた。


「マスタードさん……。それにヴィネガーとソルト……。それからオルタナも……。私は本当に人とのえんめぐまれた……」


だが、笑顔が次第に崩れ出す。


シュガーはベットの中で縮こまり、声を殺して思いっきり泣いた。


――部屋を出たオルタナは廊下を進み、すれ違う医療班の者や兵らと挨拶を交わしながら建物の外へと向かう。


それから外へ出ると、待機させていた馬に乗ろうとしたとき、従者が声をかけてきた。


手紙が届いた。


差し出し人は、オルタナが待ち焦がれていた人物からだと。


「動いたか……。予想よりも遅かったが、これで式典までには間に合う」

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