42

シャーリンは入ってきたのがリットだと気がついたが、振り返ることはなかった。


ただ窓から空を見上げているだけだ。


「みんな待ってるよ」


リットは歩を進めて中へと入ってくる。


「どうすればいい? あたしは何をすればいい?」


「勘弁してよ……。もうどうしようもな――ッ!?」


「ダメだよ」


リットはシャーリンに近づくと、彼女の肩をグイッと引っ張った。


強引に自分のほうを見るようにすると、リットは言葉を続ける。


「あたしはまだ止まれない。メロウ姉さんの夢はまだ生きてるんだ。教えてよ、シャーリン。あたしは何をすればいい?」


「だからもう終わってんだッ――!?」


声を荒げたシャーリンの胸倉を掴み、リットは思いっきり引っ張った。


そのときのリットの顔には表情がなく、反対にシャーリンの顔は激しく歪んでいた。


メロウが死んで頭がおかしくなったのか。


シャーリンはリットの顔を見てそう思った。


悲しみも怒りもなく、何か強い意志に突き動かされているような、今のリットの姿はシャーリンの目にそんな風に映る。


「メロウ姉さんは言ったよ。シャーリンと姉妹になったのは、あんたが姉さんと同じ夢を持っていたからだって。フリー、ガーベラ、ファクト、あたしたち全員で聞いたんだ」


シャーリンは何も言い返すことができなかった。


知ってるなら話が早い。


だが、その夢にはメロウ·リフレイロードが絶対に必要だった。


彼女だけが自分の夢を――この国を変えられると、シャーリンはメロウが死んだ今、夢は消えたのだと歯を食いしばる。


まともな人間ならば。


ネイルや彼女の仲間ならば、今のシャーリンからその気持ちを察することができただろう。


しかし、リットは止まらない。


シャーリンのことなど微塵みじんも気にせず、彼女は言いたいことだけを口にする。


「ねえ、何人殺せばいいの? 貴族や王さまを殺せばいいの? ねえ、シャーリン。早く教えて、教えてよ。あたしはどうすれば姉さんの夢を叶えられる?」


「やれやれだね……くそガキ!」


シャーリンは、胸倉を掴んでいたリットを振り払った。


力任せに振り払われたリットは壁へと激突し、大きな衝撃音が部屋に響き渡る。


そんな音に負けずに、シャーリンは声を張り上げた。


それまでふさぎ込んでいたのが嘘のように、リットに喰らいつかんばかりの勢いで叫ぶ。


「ああ、わかったよ! もうどっちに転んでも地獄なんだ! だったらメロウと私の夢の実現をあんたに、あんたらに見せてやるッ!」


「そうだよ……。姉さんとシャーリンの夢を見せて……」


無表情だったリットの顔が微笑む。


覚悟を決め、吠えたシャーリンを見て笑みを浮かべている。


「誰でも殺す……。なんでも壊す……。メロウ姉さんの夢をかなえるためだったら、あたしはなんだってやってやる」


笑うリットの言葉を聞き、シャーリンの顔にもまた笑みがこぼれた。


それは、これから始まる無謀な戦いの前にするには、ずいぶんと楽しそうなものだった。


――リットがシャーリンと顔を合わせる少し前。


フリーとガーベラは、砦内にある庭で食事を取り終えた頃だった。


ガーベラは庭にあったイスから立ち上がると、テーブルに立てかけていた戦槌せんついを手に取る。


そんな彼女を一瞥いちべつしたフリーは、テーブルに突っ伏す。


「なあ、シャーリンの大姉さんが戻ったらしいけど、なんか訊こうとか思わないのか?」


訊ねられたガーベラは、いつもの素振りを始めた。


戦槌を片手で持ち、左右の腕を交互に使って限界が来るまで振り続ける訓練だ。


彼女はメロウと出会ってから、余程のことがない限り、この日課を欠かしたことはない。


フリーは当然知っているが、メロウが亡くなった後でも止めずに続けている。


「もう大姉さんはいらないだろう。シャーリンでいいじゃないか」


規則正しい呼吸をしながら、ガーベラはそう答えた。


質問に答えたわけではなかったが、フリーはそれもそうかとテーブルにひじをつく。


「よう、お前ら。思ってたよりも元気そうだな」


そこへファクトが現れた。


失った右腕に包帯を巻いた姿は痛々しいものだったが、悲壮感はどこにもない。


実に晴れやかな顔でフリーとガーベラの前に現れ、残った左腕を振って挨拶をしていた。


「ファクトもね。右腕を斬られたのに元気なもんだ」


「ああ、お前の魔法がなかったら死んでたけどな。マジで助かった」


ファクトは軽口を叩くと、フリーの隣にあったイスに腰を下ろした。


それからテーブルの上にあった木製のコップを手に取ると、誰の者かもわからないのに飲み干す。


それを見て、ガーベラが戦槌を振りながら言う。


「おい、それは私のだぞ」


「固いこと言うなよ。それより大姉さん、いや、シャーリンが戻ったんだろ?」


「ああ。だが、何の指示もない。リットの奴も部屋から出てこないしな」


「えっ? そうなのか? さっきあいつが廊下を歩いてるのを見たぞ」


ファクトがそう言うと、フリーとガーベラは互いの顔を見合わせた。


そして笑みを交わし合うと、フリーはイスから立ち上がり、ガーベラが戦槌を振るのを止める。


ファクトは一体何事だと不可解そうにしていると、ガーベラが彼の首根っこを掴んで歩き出した。


「おいおい!? いきなりなんだってんだよ!?」


「いいからいいから」


フリーは引っ張られていくファクトにそう言い、ガーベラが彼の後に言葉を加える。


「あいつが動いたんならすぐに始まるぞ。それに備えて、お前は良い作戦でも考えておけ」

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