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――アテンティーヴ王女の確保に失敗してから数日後。


メロウは逃げる途中、馬車の中で息を引き取った。


フリーがこんなときのためにと覚えていた治癒魔法でも回復はならず、涙する仲間たちの前で。


ファクトは右腕を失うという重傷を負ったが、フリーの治癒魔法で一命を取り留めた。


今は盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの抱えている医者のもとで安静に眠っている。


リット、フリー、ガーベラの三人は、ネイルと共にギルドの所持する砦で身を隠し、シャーリンの指示を待っているところだった。


砦で顔を合わせていても、彼女たちに会話はなかった。


ガーベラは食事と体を洗うとき、睡眠時間以外はずっと戦槌せんついを振り続け、フリーのほうは何かに祈るように瞑想めいそうに入っている。


リットはそんな二人とは違い、何をするでもなく、抜け殻のように部屋にこもっていた。


そんな彼女たちをなんとか元気づけようと、シャーリンの仲間たちが気にかけていたが、ネイルは彼ら彼女らに忠告する。


「やめとけよ。今のあいつらに、なにを言ったところでなぐめにもならねぇ」


連中を導くことができるのは、死んだメロウ·リフレイロードだけだ。


それ以外の人間が余計なことをすれば、かえって傷口をえぐることになる。


手負いのけものには、えさを与えて薬でも塗っておけばいいと、冷たく言い放った。


ネイルの態度に、誰も反論はしなかった。


それは彼の人柄を知っているのと、シャーリンの仲間たちには、リットたちにかける言葉が本当に何もなかったからだった。


メロウの死によって、砦にいた彼女と顔を合わせたことのない人間までが、深い悲しみにおおわれることになった。


そして、メロウの死に打ちのめされた者はまだいる――。


「メロウ·リフレイロードが死んだらしいじゃねぇか、シャーリン」


シャーリンは、ギルドマスターであるディオヘッドに呼び出されていた。


彼女は、盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの本拠地といえる山岳地帯にある街で、親子の契りを結んだ相手からにらむように見られている。


ディオヘッドに凄まれて怯えているのか。


いつもの彼女らしくない態度でいるシャーリンに、ディオヘッドは言う。


「これでお前の計画が白紙になっちまったってわけか」


「親父……。私は別にギルドに迷惑をかけ……」


「ケツをまくるか」


ディオヘッドは、震えるシャーリンに詰め寄った。


このまま終われば、周りの反対を押し切ってまでメロウと姉妹分になったシャーリンは、ギルドに居場所がなくなる。


この世界で舐められるということは、食いぶちを失うということだ。


土足で家に上がられ、奪われるだけ奪われる。


それはたとえ幹部だろうと変わらない。


組織というものはどこも同じだ。


下はつかえている。


同じ立場の奴はやっかむ。


上の連中は自らの保身しか考えてない。


なによりも、妹分が死んでも何もしなければ、シャーリンの面子は潰れて二度とこの世界で大きな顔はできない。


ディオヘッドは、シャーリンに向かって静かにそう言った。


「かといって身内は助けてくれねぇ。お前んとこの連中だけで王国騎士団とやりあうのも無理だ。これ以上立場が悪くなる前に、他の兄弟分にシノギを譲ったほうがいいんじゃねぇか。俺も間に入ってやるからよ」


「……少し、考えさせてください」


「そうか。だが、無茶なことだけはしてくれるなよ。お前の本音は知らんが、今でも俺の娘ってことには変わりねぇんだからな」


義理の父の言葉に頭を下げ、シャーリンはその場から去っていった。


その後に彼女は、リットたちがいる砦へと戻った。


彼女の落胆ぶりは、ネイルを含め仲間たちから言葉を奪い、さらなる悲しみの底へと落とした。


シャーリンが戻って来たことを聞いても、フリーもガーベラも変わらず瞑想めいそうと訓練を続けている。


ファクトのほうは意識が戻らず、このまますべてが終わるかと思われた。


世の中には、金と力があってもどうしようもできないことがある。


それは人の死だ。


終わった生命はもう戻らない。


たとえ、どんな強力な魔法や悪魔の力を借りたとしても。


それから数日が経ち、シャーリンが戻ったことを知ったリットは部屋から出た。


ネイルがシャーリンの部屋の前に立っていると、当然そこへやって来たのだ。


「大姉さん……シャーリンが戻ったって聞いたよ」


「リットか……? 今はそっとしておいてやれよ」


リットは、ネイルを見つめるだけで返事はしなかった。


彼女の表情から何か察したのか、ネイルはそれ以上何も口にすることなく、その場から去っていく。


扉に手をかけ、リットはノックもせずに部屋へと入った。


そこには、窓から外を眺めているシャーリンの姿が見える。


「なんだ、あんたかい……」

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