40
三人を相手にケガ人がどうしてここまで――。
シュガーたちは今さらながらメロウの強さに怯んでいると、彼女の剣が輝いていることに気がつく。
「剣技だけではない、こいつの剣は魔力を帯びている!?」
ソルトが声を漏らすと、メロウの一撃を受けた彼女の剣が粉々に砕けた。
刃が剣ごとソルトの体を甲冑ごと斬り裂き、夜の空に鮮血が飛び散る。
「ソルト!? くッ!? やらせるかぁぁぁッ!」
動揺したヴィネガーはメロウに向かって深く踏み込んだが、彼もまたソルトと同じように剣と鎧ごと斬り裂かれる。
仲間がやられたことでシュガーの手が止まる。
凄まじい覇気を全身に纏ったメロウを見て足がすくんでいる。
こいつは本当に人間か?
全身に火傷の痕が残ったメロウはどう見ても満身創痍だ。
こちらは圧倒的に有利だった。
それなのに今のメロウは、気高い騎士のように立ち、剣を振るっている。
父である王を殺した罪人が。
流刑島から脱走した囚人が。
何度も法を犯したクズが、どうしてこんな戦いができる?
「国を良くするため……私はこんなところでは死ねません!」
メロウが声を張り上げた瞬間。
倒れていたヴィネガーとソルトが突然立ち上がって、彼女の体を押さえつけた。
左右から掴んで剣を封じた二人は、シュガーに向かって叫ぶ。
「やれシュガー! マスタードさんの
「長くは持たないわ! あの人の無念を晴らして!」
「うわぁぁぁッ!」
シュガーの剣がメロウの心臓を
真っ赤な血が三人と地面を染め、メロウはそのまま倒れる。
ファクトは彼女が押さえつけられたときに走り出していたが、助けることは叶わなかった。
「テメェら! 姉さんから離れろぉぉぉッ!」
ファクトは残った左腕でショートソードを振るい、ヴィネガーとソルトの首を掻っ切る。
シュガーは動かなくなった二人を見て再び吠えると、ファクトに斬りかかった。
「よくも! よくも二人をぉぉぉッ!」
すでに血を流し過ぎていたファクトでは、シュガーの剣を受けることはできない。
メロウに続き、彼もこのまま殺されると思われたが、突然シュガーの体が宙を舞った。
「ガハッ!? 魔法剣……だとッ!?」
夜に輝く鋼鉄の剣。
メロウ以外でこの技が使えるのは彼女――リットだ。
リットはシュガーを斬り飛ばすと、すぐに倒れているメロウに駆け寄る。
ヴィネガーとソルトの死体を蹴り飛ばし、彼女を抱えたファクトに声をかけた。
「ファクト、ごめん……。あたし……あたしぃ……」
「謝ってる場合かよ。泣いてねぇで早く姉さんを……」
ファクトは涙を浮かべて謝るリットにそう言うと、その場に倒れた。
リットはメロウを担ぐと、彼の体も運ぼうとする。
しかし、そんなことはできない。
それでもなんとか引きずりながら足を動かすが、こんな速度で逃げても衛兵に捕まって殺される。
何よりもメロウは胸を貫かれ、ファクトのほうは右腕を斬り落とされている。
一刻も早く治療しなければ2人とも死んでしまう。
嫌だ。
姉さんとファクトが死ぬなんて絶対に嫌だ。
「誰か、誰か二人を助けて! なんでもするから! あたしの命なんていらないからぁぁぁッ!」
泣きながら叫び続けるリット。
こんなときに大声を出すなど愚かでしかないが、彼女は叫ばずにはいられなかった。
大事な仲間が死にそうなのだ。
状況など考えてはいられない。
「デケェ声で叫ぶなバカが!」
鉄柵を飛び越え、誰かが庭に入ってくる。
それはネイルだった。
柵の向こうには馬車が見え、どうやら彼は外からリットたちを探していたようだ。
「ネイル!? 姉さんとファクトが!」
「だからデケェ声を出すな! いいから二人を馬車に運ぶぞ!」
リットがメロウを。
ネイルがファクトをそれぞれ担ぐと、屋敷のほうから人影が現れた。
リットたちが振り返ると、そこにはフリーとガーベラの姿があった。
「ほら言ったろ、ガーベラ。リットの声だって」
「とりあえず、この柵は邪魔だな。ふん!」
ガーベラは
その威力にネイルは驚きで言葉を失ったが、すぐに我に返って馬車へと向かう。
フリーとガーベラが泣いているリットと目を合わせ、彼女の様子から、メロウとファクトが危ない状態であることを理解した。
それでも馬車は目の前。
ともかく今は、何よりもこの場から脱出して二人を治療をと、フリーとガーベラが思っていると――。
「あら? また会っちゃいましたね」
リフレイロード王国騎士団のオルタナ·オルランドが現れた。
オルタナはその細い目を吊り上げ、倒れているシュガーたちを見ている。
どう見てもヴィネガーとソルトは死亡。
シュガーはまだ息があったが、すぐにでも手当てしないと危険な状態だった。
ガーベラは肩を貸していたフリーを馬車に乗せると、オルタナのほうへ体を向ける。
「ここで決着をつけるか? あいにく今は時間がない。それはお前も同じだと思うが」
「そんなことよりも、そっちにいるのはネイルさんですよね?
オルタナはケガ人など気にせずに、なぜだかネイルのことを気にかけていた。
細目の男が何を考えているのかわからないガーベラは、戦槌を握り直し、馬車に近づいた瞬間に打とうと構える。
「そこの戦槌の女騎士さんが言うように、今は時間がないんであれですが、もし何か知りたいことがあれば、王国騎士団のオルタナ·オルランドに頼るようにと伝言をお願いします」
だが、オルタナは馬車には近寄らず、ネイルに向かって声をかけるだけだった。
ネイルはなんのことだと顔をしかめたが、すぐにガーベラに声をかけて馬車を走らせる。
去っていく馬車を見つめ、オルタナが大きくため息をついていると、そこへ衛兵の一人がやってきた。
「オルタナ·オルランド殿! 現在も逃げた敵の姿は確認できず、さらに魔導機兵が突然動かなくなってしまって……なッ!? この状況は一体!?」
「見てのとおりですよ。ヴィネガーとソルトは戦死。シュガーのほうはなんとか生きてます。早く彼女を治療してあげてください」
衛兵は状況を知ると、他の兵を呼び寄せてシュガーを運んでいく。
その一団からは、これならなんとか助かりそうだという声が聞こえていた。
「悪運が強い女だ……。それとも、彼女の運の良さはマスタードさんのおかげかな……」
オルタナは庭からただ独り、慌ただしくしている屋敷周辺の人影を眺め、その細い目を開いていた。
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