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三人を相手にケガ人がどうしてここまで――。


シュガーたちは今さらながらメロウの強さに怯んでいると、彼女の剣が輝いていることに気がつく。


「剣技だけではない、こいつの剣は魔力を帯びている!?」


ソルトが声を漏らすと、メロウの一撃を受けた彼女の剣が粉々に砕けた。


刃が剣ごとソルトの体を甲冑ごと斬り裂き、夜の空に鮮血が飛び散る。


「ソルト!? くッ!? やらせるかぁぁぁッ!」


動揺したヴィネガーはメロウに向かって深く踏み込んだが、彼もまたソルトと同じように剣と鎧ごと斬り裂かれる。


仲間がやられたことでシュガーの手が止まる。


凄まじい覇気を全身に纏ったメロウを見て足がすくんでいる。


こいつは本当に人間か?


全身に火傷の痕が残ったメロウはどう見ても満身創痍だ。


こちらは圧倒的に有利だった。


それなのに今のメロウは、気高い騎士のように立ち、剣を振るっている。


父である王を殺した罪人が。


流刑島から脱走した囚人が。


何度も法を犯したクズが、どうしてこんな戦いができる?


「国を良くするため……私はこんなところでは死ねません!」


メロウが声を張り上げた瞬間。


倒れていたヴィネガーとソルトが突然立ち上がって、彼女の体を押さえつけた。


左右から掴んで剣を封じた二人は、シュガーに向かって叫ぶ。


「やれシュガー! マスタードさんのかたきを討て!」


「長くは持たないわ! あの人の無念を晴らして!」


「うわぁぁぁッ!」


シュガーの剣がメロウの心臓をつらぬいた。


真っ赤な血が三人と地面を染め、メロウはそのまま倒れる。


ファクトは彼女が押さえつけられたときに走り出していたが、助けることは叶わなかった。


「テメェら! 姉さんから離れろぉぉぉッ!」


ファクトは残った左腕でショートソードを振るい、ヴィネガーとソルトの首を掻っ切る。


シュガーは動かなくなった二人を見て再び吠えると、ファクトに斬りかかった。


「よくも! よくも二人をぉぉぉッ!」


すでに血を流し過ぎていたファクトでは、シュガーの剣を受けることはできない。


メロウに続き、彼もこのまま殺されると思われたが、突然シュガーの体が宙を舞った。


「ガハッ!? 魔法剣……だとッ!?」


夜に輝く鋼鉄の剣。


メロウ以外でこの技が使えるのは彼女――リットだ。


リットはシュガーを斬り飛ばすと、すぐに倒れているメロウに駆け寄る。


ヴィネガーとソルトの死体を蹴り飛ばし、彼女を抱えたファクトに声をかけた。


「ファクト、ごめん……。あたし……あたしぃ……」


「謝ってる場合かよ。泣いてねぇで早く姉さんを……」


ファクトは涙を浮かべて謝るリットにそう言うと、その場に倒れた。


リットはメロウを担ぐと、彼の体も運ぼうとする。


しかし、そんなことはできない。


それでもなんとか引きずりながら足を動かすが、こんな速度で逃げても衛兵に捕まって殺される。


何よりもメロウは胸を貫かれ、ファクトのほうは右腕を斬り落とされている。


一刻も早く治療しなければ2人とも死んでしまう。


嫌だ。


姉さんとファクトが死ぬなんて絶対に嫌だ。


「誰か、誰か二人を助けて! なんでもするから! あたしの命なんていらないからぁぁぁッ!」


泣きながら叫び続けるリット。


こんなときに大声を出すなど愚かでしかないが、彼女は叫ばずにはいられなかった。


大事な仲間が死にそうなのだ。


状況など考えてはいられない。


「デケェ声で叫ぶなバカが!」


鉄柵を飛び越え、誰かが庭に入ってくる。


それはネイルだった。


柵の向こうには馬車が見え、どうやら彼は外からリットたちを探していたようだ。


「ネイル!? 姉さんとファクトが!」


「だからデケェ声を出すな! いいから二人を馬車に運ぶぞ!」


リットがメロウを。


ネイルがファクトをそれぞれ担ぐと、屋敷のほうから人影が現れた。


リットたちが振り返ると、そこにはフリーとガーベラの姿があった。


「ほら言ったろ、ガーベラ。リットの声だって」


「とりあえず、この柵は邪魔だな。ふん!」


ガーベラは戦槌せんついを振って鉄柵を破壊する。


その威力にネイルは驚きで言葉を失ったが、すぐに我に返って馬車へと向かう。


フリーとガーベラが泣いているリットと目を合わせ、彼女の様子から、メロウとファクトが危ない状態であることを理解した。


それでも馬車は目の前。


ともかく今は、何よりもこの場から脱出して二人を治療をと、フリーとガーベラが思っていると――。


「あら? また会っちゃいましたね」


リフレイロード王国騎士団のオルタナ·オルランドが現れた。


オルタナはその細い目を吊り上げ、倒れているシュガーたちを見ている。


どう見てもヴィネガーとソルトは死亡。


シュガーはまだ息があったが、すぐにでも手当てしないと危険な状態だった。


ガーベラは肩を貸していたフリーを馬車に乗せると、オルタナのほうへ体を向ける。


「ここで決着をつけるか? あいにく今は時間がない。それはお前も同じだと思うが」


「そんなことよりも、そっちにいるのはネイルさんですよね? 盗賊万歳ヘイル トゥ ザ シーフの幹部シャーリンの右腕の」


オルタナはケガ人など気にせずに、なぜだかネイルのことを気にかけていた。


細目の男が何を考えているのかわからないガーベラは、戦槌を握り直し、馬車に近づいた瞬間に打とうと構える。


「そこの戦槌の女騎士さんが言うように、今は時間がないんであれですが、もし何か知りたいことがあれば、王国騎士団のオルタナ·オルランドに頼るようにと伝言をお願いします」


だが、オルタナは馬車には近寄らず、ネイルに向かって声をかけるだけだった。


ネイルはなんのことだと顔をしかめたが、すぐにガーベラに声をかけて馬車を走らせる。


去っていく馬車を見つめ、オルタナが大きくため息をついていると、そこへ衛兵の一人がやってきた。


「オルタナ·オルランド殿! 現在も逃げた敵の姿は確認できず、さらに魔導機兵が突然動かなくなってしまって……なッ!? この状況は一体!?」


「見てのとおりですよ。ヴィネガーとソルトは戦死。シュガーのほうはなんとか生きてます。早く彼女を治療してあげてください」


衛兵は状況を知ると、他の兵を呼び寄せてシュガーを運んでいく。


その一団からは、これならなんとか助かりそうだという声が聞こえていた。


「悪運が強い女だ……。それとも、彼女の運の良さはマスタードさんのおかげかな……」


オルタナは庭からただ独り、慌ただしくしている屋敷周辺の人影を眺め、その細い目を開いていた。

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