37

――屋敷が慌ただしくなっていることに気がついたリットとガーベラは、馬車から飛び降りた。


ネイルは、そんな彼女たちを止めようと声をかける。


「おい!? なに勝手なことしようとしてんだ! 俺たちが勝手に動いたら作戦が台無しになるだろうがよ!」


「でも、なんかヤバいよ! そこら中から声が聞こえてきてるし、もしかして姉さんたちが見つかっちゃったのかも!」


「ネイルはここで待機していてくれ! 中は私たちでなんとかする!」


だが、リットとガーベラはネイルが止めるのを聞かずに屋敷へと駆け出していってしまった。


残されたネイルは馬車を任されてる以上動くことができず、歯を食いしばって留まる。


調べによれば、屋敷にいた衛兵の数はそこまで多くないはずだった。


しかし遠目で見る限りでは、一個中隊はいそうな様子だ。


事前に兵を待機させていたのか。


まさかこちらの作戦が筒抜けになっていたのか。


だとしたら、誰が敵に知らせたのだ。


「ともかくあいつらに任せるしかねぇ……。クソが! ムカつく、ムカつくぜぇぇぇッ! 一体どこのどいつが作戦をバラしやがったんだ!」


ネイルはどこから作戦が漏れたのか考えて苛立っていたが、今はメロウたちが無事に脱出してくれることを願った。


「集え、たけ灼熱しゃくねつの炎よ、全てを焼き尽くし、喰らいつくせ!」


フリーは両手から炎を放ち、衛兵たちを止めていた。


屋敷に火の手が上がるのを恐れる衛兵たちは、連れていた魔術師に水の魔法で消化させ、上手く囲むことができずにいた。


だが、それでも数が多すぎる。


さすがに全員を止めることができず、シュガーと騎士団であるヴィネガーとソルトは窓を飛び出してメロウを追っていく。


シュガーの指示なのか、別の騎士団たちは、寝室にいたアテンティーヴを連れてすぐに姿を消した。


「くッ!? 行かせるか! 速く、何よりも速くさらなる速さを! 風よ! 光よりも速く吹き敵を蹴散らせ!」


無数の風の刃を放ったが、シュガーたちを庇うように衛兵たちが壁になった。


衛兵たちは盾を使って防いでいたが、フリーの魔法によって次々と倒れていく。


それでもさらに兵は集まってきたが、衛兵たちはメロウがいないと気がつくと、フリーを牽制しつつもこの場から去ろうとしていた。


敵の狙いはメロウだけだ。


自分のような小物など逃がしても構わないと思われている。


そう考えたフリーは、これ以上やらせるかとより強力な魔法を唱えようとした。


「今ここに古より蘇れ! 太古の炎よ! 純粋なる穢れなき嵐よ! 時を遡り、螺旋の階段を登りて過去現在未来への扉を開き、全てを滅ぼせ!」


フリー周辺を、屋敷内すべてを炎の嵐が包んでいく。


その光景は、地獄の業火が現世に現れたかのようだった。


もはや魔術師の水魔法では消すことは叶わないほどの火が屋敷を焦がしてく。


「もう加減しない! 全員灰になっても知らないぞ!」


荒れ狂う風と炎の中で、フリーは魔法を唱え続ける。


怯んでいる衛兵たちは、倒れた仲間を助けながらもその場から動けずにいた。


すでに寝室は燃え上がり、壁も天井も崩れ始めている。


このままでは本当に灰にされる。


誰もがそう思っていたが、それはフリーにも同じことがいえた。


いくらメロウたちを逃がすためとはいえ命を捨てるつもりか。


「王国騎士団のオルタナ·オルランドです。もう大丈夫ですよ、皆さん。魔導機兵を連れてきました」


長髪を振り回しながら魔法を放ち続けるフリーに、衛兵たちが何もできずにいると、そこへ甲冑姿の男が現れた。


オルタナ·オルランドと名乗った男は、その細い目でフリーを見ると、連れてきた数体の魔導機兵に指示を出す。


魔導機兵らは燃えた家具や柱、壁などを破壊して放火に対処し始めた。


「さあ、魔術師の皆さん。今のうちに消火作業に入っちゃってください」


「そうはさせるか!」


フリーはオルタナに向かって炎を放ったが、魔導機兵が盾となり、敵には届かなかった。


魔導機兵にはどんな魔法も通じない。


破壊するならば、それこそフリーの目指す大魔導士や賢者と呼ばれる者ほどの魔力が必要だ。


もう魔力が尽き始めていたのもあって、今のフリーには先ほどよりも威力が出せない状態だった。


これでは魔導機兵の装甲を貫くなど不可能だ。


「この辺にしておきましょうか。君ももう限界でしょう」


魔導機兵の間からヒョッコと顔を出したオルタナは、この場にはそぐわない緊張感のない声でそう言った。


こちらの狙いはメロウ·リフレイロードだけ。


大人しく捕まってくれれば命までは取らないと約束すると、息の上がっているフリーに対してオルタナは提案した。


たしかにフリーは、連続して魔力を消費し続け、もうろくな魔法も唱えられない。


だが、それでも彼は、持っていたロッドを突きつけ、声を張り上げる。


「ボクは未来の大魔導士! それがこんなことくらいで降参したら、姉さんに合わす顔がないってもんだ! いくら魔力が尽きたって、死ぬまで戦うぞ!」


「それが君の答えですか……。では、お望みどおりにしましょう」


オルタナは覇気のない声でそう言うと、剣を抜いてフリーへと近づいていった。

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