19

――陽が昇り、長かった夜が終わった。


一晩中小舟を漕いだリットは、陸へとたどり着いていた。


彼女は疲れ切った体でメロウを背負い、当てもなく道を進んでいる。


これからどうすればいいのか。


そもそもここはどこなのだろうか。


リフレイロード王国であることはたしかだが、リットには国で頼れる人間はいない。


何よりも先に医者か回復魔法を使える人間を探さなければ。


たとえおどしてでもメロウを治療させないと、仲間たちに顔向けができない。


「大丈夫だよ、姉さん。あたしが、あたしが必ずなんとかするから……」


根拠こんきょのない言葉を吐く。


メロウを安心させるためというよりは、自分に言い聞かせるように口にする。


姉さんは死んではいない。


もう自由だ。


自分はどうなってもいい。


この人だけには輝く未来をと、リットは重たい足を動かす。


しばらく進むと小屋があった。


リットは声をかけたが、誰もいないようで勝手に入り、中にあったベットにメロウを寝かせた。


小屋を漁っていると、食料や薬、包帯が見つかった。


こいつはついてるとリットは勝手にパンや水を飲み、メロウに与えた。


それからメロウに薬を塗って包帯を取り替える終えると、彼女は疲労ひろう睡魔すいまに負けて意識を失ってしまう。


「おい、起きろ。起きろって言ってんだよ」


それから数時間経ったのか。


リットが目を覚ますと、彼女はしばられていた。


目の前には歯のすべてがとがった男と、頭にターバンを巻いた髪の長い女が立っていた。


この小屋の持ち主か。


泥棒だと思って捕らえられたのかと(実際に勝手に中にある物を使ったが)、リットはニ人に向かって謝罪する。


「ごめんなさい! パンとかも勝手に食べちゃったけど、これには事情があるんだよ!」


「なにが事情だ! 人もん勝手に食っといて謝れば許されると思ってん――ッ!?」


歯の尖った男がすごむと、ターバンの女が止めに入った。


リットはそんなニ人のことなど気にせずに周囲を見ると、メロウの姿がないことに気がつく。


どこかへ連れて行かれたのか。


まさか国の役人のところか。


メロウの姿がないことでリットから罪悪感が消え、彼女はしばられた状態でニ人に詰め寄る。


「姉さんをどこへやった!? 姉さんに何かしたら許さないぞ!」


「謝ったと思ったら今度は逆ギレかよ! 人格が何個あんだテメェは! それが演技ならよぉ。大した大根役者だなぁぁぁ! あん!?」


「うっさいギザ歯! 姉さんは重傷なんだぞ! 今すぐ手当てしないと危ないんだよ!」


「テメェ……自分がどんな状況かわかってて言ってんのか!? 死にてぇのか自殺希望者か!? あん!?」


顔を突き合わせて吠え合うリットと歯の尖った男。


ターバンを巻いた女は、そんなニ人を見てあきれると、男を下がらせた。


渋々男が下がると、女は静かに言う。


「今朝、国中に御触おふれが出回ったの。流刑島パノプティコンで暴動が起きて、囚人の女ニ人が逃げ出したってね」


自分たちのことだと、リットは身に覚えがありすぎて言葉を失った。


その態度からターバンを巻いた女は察したのか、さらに言葉を続ける。


「アナザー·シーズニングのリーダーだったマスタード·オルランドも殺害されたらしいわ。あの男をれる人間が、囚人の中にいたとは思えないけど、脱走したのがあのメロウ·リフレイロードなら納得できる」


「姉さんじゃない! あの治安維持組織のおじさんを殺したのはあたしだよ!」


事実を伝えたが、歯の尖った男はリットの言葉に不可解そうな顔をした。


「ふざけたこと言ってんじゃねぇ! テメェみてぇなガキにマスタードが殺れるかってんだよ! あの野郎は俺らだって手に余る国の守護神なんだぞ!?」


「知らないよそんなことは! それよりも姉さんは! メロウ姉さんはどこにいるんだよ!」


再び言い合いが始まったが、またターバンを巻いた女が間に入ってニ人を止めた。


それからどうしてだか女は、リットを縛っていた縄を解く。


歯の尖った男が何やら喚いたが、彼女は持っていた服をリットに渡すと、ついて来るように言った。


「とりあえずそれに着替えなさい。囚人服では目立つから。それからね。ここから出て落ち着いた場所にでも行って、話の続きを聞かせてもらおうかしら」


「その前に姉さんだよ! 言わないんなら力づくで吐かせてやるぅぅぅ!」


リットはターバンを巻いた女に飛びかかった。


まるで飢えたけものが獲物を見つけたかのような勢いで掴みかかり、その長い手足を持った体を捕らえようとした。


だが、おかしなことが起こった。


目の前にいたはずの女が急に消えたのだ。


「なッ!? 消えた!?」


「そう見えるよなぁ。そりゃそうだよなぁ。真後ろから不意打ちしたんだ。当然捕まえられると思うよなぁ。でも無理だ。テメェごときじゃ一生捕まえられねぇよぉ」


歯の尖った男が高笑った次の瞬間。


リットの後頭部に衝撃が走った。


そして床に顔を押しつけられ、手の関節をめられ、身動きを封じられてしまう。


一体何が起こったのか。


たしかに目の前に、手の届くところに女はいたはずだ。


凄まじい速度で動いてかわしたのか?


いや、違う。


断じて違う。


リットはファクトの素早い身のこなしについていけなくとも、目で追うことはできた。


早い動きには慣れている。


今ターバンを巻いた女がやったのはスピードとは違う、何か別の技だ。


リットを押さえつけた状態で、ターバンを巻いた女が静かに言う。


「やれやれだわ、くそガキ」

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