18

海から上がって来たのは、アナザー·シーズニングに捕まったはずのガーディだった。


暴動のどさくさにまぎれて逃げ出したのか。


相棒のトリッキーも彼に続いて小舟に乗ってくる。


「ファクトの奴に聞いたのかよ。俺たちの作戦をよぉ」


トリッキーは歯をむき出しにして、リットを抱いているメロウをにらみつけた。


身の危険を感じたリットはあわてて包丁をにぎり、ニ人に対して身構える。


ガーディもトリッキーも武器は持っていなかったが、けっして油断はできない。


トリッキーは魔法を使うことができ、ガーディのほうはどうしてだがずっとメロウのことを嫌っていた。


それに何よりも、この小舟では人間四人の重さに耐えられない。


確実に自分たちを落としにくる。


リットはここまで来てメロウを殺させるとかとニ人と対峙たいじした。


「やる気か? 知ってるぞ、リット。テメェは仲間内で一番の雑魚ざこだろ? 前に打ち合ってるのを見てたぜ。そんなテメェがマジでやる気か? あん!?」


「包丁持ってるからって俺らに勝てる気かよぉ。魔法もろくに使えないテメェがよ!」


ガーベラとフリーがすごんでくる。


戦う前から勝負はわかっていると声をあらげてくる。


それもしょうがないことだった。


彼らが知っているのは、リットたちがメロウから剣や魔法、技などを習っているところだけだからだ。


そのときのリットは、力ではガーベラに負け、魔力ではフリーにおとり、ファクトのような特技も持ち合わせていない情けない姿だった。


彼女本人も、自分には取り柄がないことをよく知っている。


だが、それでもリットは引かない。


どんな手を使ってもメロウを守る。


姉さんのためにも仲間のためにも、そしてなによりも自分のために。


「このまま一緒に乗るなら四人でも小舟がもつ方法を考えるけど……姉さんとあたしを落とそうっていうなら、もちろん戦うよ!」


吠えたリット。


その顔は自信に満ちあふれていた。


おびえなど一切ない。


元々の性格から、リットは相手の強さにおくするような人間ではないのもあったが。


何よりもマスタード·オルランドを倒した力――魔法剣を扱う力に目覚めたのもあった。


マスタードに比べれば、目の前のニ人はただのチンピラでしかない。


「あれ、なんで!? 魔力が出ない!? なんでよ!? なんで出ないんだよ!?」


しかし、リットの握る包丁から魔力は出なかった。


彼女はまだ自分で魔法剣の力をコントロールできない。


マスタードと戦ったときはただ無我夢中で包丁を振っていただけで、一体どうやって魔力を纏わせたのかを、リットはわかっていなかった。


「なに言ってんだテメェは!」


「魔法でも使う気だったのかよ。だけどビビっちまって出せねぇってか。お似合いだぜ、テメェにはよぉ!」


トリッキーは詠唱えいしょうを始め、その手に火を出現させた。


それは犬か猫くらいの大きさで、受けてもダメージは大したことはなさそうだったが、それでも足場の悪い小舟の上では遠距離攻撃は脅威きょういだ。


ガーディが前に出てくる。


海を泳いで追ってきたせいでずぶ濡れになっている姿が不気味で、余計な恐怖感をあおる。


そんなニ人に対してリットが思わず仰け反ってしまうと、突然、彼女の包丁が奪われた。


「姉さん!?」


メロウが目を覚まし、リットから包丁を奪ってガーディへと斬りかかったのだ。


その瞬間、彼女の握った包丁にいかづち宿やどった。


暗かった海がピカッと明るくなり、凄まじい唸り音を鳴らしながら剣が振り落とされる。


「メロウ!? テメェはぁぁぁッ!」


ガーディはその一撃を喰らって海へと吹き飛んだ。


残されたトリッキーは火の玉を放ったが、メロウが包丁を一振りすると、放った火と共に雷にやられてしまう。


黒焦げになって倒れたトリッキーを、リットが海へと放り捨てる。


「ファクトが……フリーが……ガーベラが……救ってくれた命なんです……。あなたたちに取られるほど……安くは、ない……」


メロウは満身創痍ながらも、敵を一気に片付けることに成功した。


しかし、やはり無理をしていたのか。


彼女はその場に倒れ込んでしまう。


リットは慌てて彼女に駆け寄った。


姉さん、姉さんと何度も声をかけて、体は大丈夫なのかと確認をする。


だが、メロウは再び意識を失っていた。


それでも呼吸は安定しており、静かに眠っていることを見るに問題はなさそうだった。


「メロウメロウメロウメロウゥゥゥ! テメェはいつか絶対に殺す! 国をメチャクチャしたクソったれは絶対に俺がぁぁぁッ!」


海からはガーディの怨み言が聞こえ続いてる。


もう追いかける体力もないのか。


それともメロウの強さにかなわないとあきらめたのか。


どちらにしても二度と彼らとは会うことはないだろうと、リットは水面に浮かぶガーディとトリッキーの姿を見た。


その後にメロウをそっと寝かせてオールを握ると、小舟を漕ぎ出す。


夜の海を進みながらリットは思う。


皆はメロウを助けるために命をかけた。


だからこそ姉さんは、あんなところで殺されてたまるかと無理して立ち上がった。


全身を火傷している重傷者なのに、体に鞭を打ってガーディとトリッキーを退しりぞけた。


それに比べて自分はなんて情けないのだろう。


仲間たちに姉さんを託されたのに、逆に守られてどうするんだ。


「やっぱ姉さんもみんなもスゴイよなぁ……。あたしも頑張んないとね」


リットは改めてメロウや仲間たちの凄さを感じると、使えない自分でも、次からは姉さんを守ると内心で吠えた。

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