20

――どこかの洞窟内で、メロウがベッドの上にいた。


周囲にはランプが付いており、外の昼間と変わらぬ明るさで、他にもテーブルやイスなどの家具もある。


さらに奥の棚には食器類や調味道具なども見え、ここに誰かが住んでいることが伝わる。


メロウはベッドから上半身だけを起こして、自分の右腕を動かそうとしていた。


まるで自分のものではなく、他人に付けられたもののように、彼女はゆっくりと右腕を振ってみる。


火傷だらけの腕だが、なんとか動かすことができているようだった。


それからメロウが自分の体の状態をたしかめていると、そこへターバンを巻いた女が現れる。


「ケガの具合はどう? 王女さま」


「おかげさまでだいぶ良くなっています。心からお礼を言わせてください。それと、一応知っているとは思いますが、私はもう王女ではありませんよ」


「そうかい。じゃあ、なんて呼べばいいのかね」


ターバンを巻いた女はふぅと息を吐くと、メロウのいるベッドの側にイスを置いた。


そして置いたイスに腰を下ろして、メロウのほうに前のめりになる。


メロウはそんな彼女に微笑むと、ただ名前で呼んでほしいと返事をした。


返事を聞き、ターバンを巻いた女が笑みを浮かべて訊ねる。


「そりゃ不味いんじゃないのかい? あんたは王族なんだ。せめて“さま”をつけて呼ばないと礼儀がないじゃないか」


「構いませんよ、シャーリンさん。私はもう王族でもない。ただこの国を想うひとりの女にすぎませんから」


「なら私のこともシャーリンで構わないよ。“さん”づけはいらないさ」


「では、シャーリンとお呼びしますね」


呼び名や他愛のない会話をした後に、メロウはシャーリンに訊ねた。


自分と一緒にいた黒髪の少女は、今どこにいるのかと。


シャーリンは、訊かれると思っていたと言わんばかりの顔で、さらに口角を上げる。


「まあ、待ちなよ。あの子は無事さ。ちょっと暴れようとしたんで眠ってもらったけどね」


「……目が覚めたときに、私がいなくてそのような行為に出たのでしょう。彼女に代わって謝罪させてください」


メロウは、ベッドから出て立ち上がろうとしたが、シャーリンによって止められた。


彼女は謝る必要はないと言い、その代わりにメロウと取引きがしたいと詰め寄る。


シャーリンの言葉に、メロウの表情がけわしいものへと変わった。


彼女も当然タダで助けてもらえたとは思っていなかったのもあって、とりあえず話だけでも聞くと口調を強める。


洞窟内の空気が張りつめる。


まるで空気中の酸素がうすくなったような、そんな雰囲気だ。


恩人のことを悪く言うつもりはないが、シャーリンはどう見ても堅気かたぎの人間ではない。


しかし、流刑島パノプティコンの囚人たちとも違う。


悪人のような雰囲気を持ちながらも、どこか気高さと品を感じさせる、そんな人物にメロウには思えた。


人を見る目には自信がある。


それだけが自分の取り柄だと、メロウは自負じふしている。


彼女は、剣も魔法も何もかも、常人よりずっと高いレベルで身に付けていた。


だが、どの分野においても一番になれたことはなかった。


それでも鑑識眼かんしきがんだけは、この国の――いや、世界中の誰にも負けない自信がある。


助けられてから数時間くらいの付き合いではあるものの、シャーリンは善人には見えないが、他人に害を及ぼす人物にも感じられない。


「そう怖い顔しないでよ。あんたにとっても悪い話じゃないんだから」


「……あなたには命を助けられています。私ができることなら協力するつもりです。ですが、こちらにもゆずれないものがあると思っていただきたい」


「そりゃ元王女としてのプライドかい?」


「違います。私は、自分が嫌悪けんおする行動や行為をするくらいなら、その元となるものを破壊する人間だということです」


メロウの返事で、張りつめていた空気がさらに強張ったように感じられた。


面白い、やはりこの女は面白い。


シャーリンの笑みは変わらない。


むしろ、メロウにもっと興味を持ったようだ。


「いい面だ。とても父殺し、国王殺しの罪人とは思えないね」


「意地が悪いですね。そういう言い方は」


「気にさわったんなら謝るよ。まあ、でもこれから私らは家族になるんだ。多少の無礼は目をつぶってほしいんもんだけどね」


「私たちが家族……ですか? それは一体どういうことなのでしょう?」


家族という言葉で、メロウの表情がゆるんだ。


反対に、シャーリンの顔が真剣なものへと変わる。


悪だくみをしているような、しかしどこか子どもが楽しい悪戯いたずらを考えたような、そんな引き締まりながらも無邪気さを感じさせる、彼女はそんな表情になっていた。


この女性はどういう人なのだろう。


罪人であり、流刑島を脱走して指名手配されている自分をわざわざ囲って、何を考えているのだろう。


でも、悪い気はしない。


ガサツながら相手を気遣う礼儀と品がある。


本当に不思議な人だと、メロウの表情から力が抜けていた。


「話は簡単さ。あんたには私と姉妹しまいちぎりをむすんでもらう」

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