11
――メロウが燃え盛る工場へ飛び込む少し前。
ファクトは、彼女の後を追って駆け出していた。
体が勝手に動いた。
自分でもどうしてかはわからない。
ファクトは今は気にすることじゃないと、走る速度を上げていく。
ガーディとトリッキーが考えた火による混乱は、今や島中を
工場の方向からは、魔導機兵を先頭に何人もの囚人たちが歩いてきていた。
その集団の中にリット、フリー、ガーベラの姿はなく、もちろんメロウもいなかった。
「おい! 誰かオレと同じ家に住んでる奴らを見なかったか!? なあ! 頼むから教えてくれよ!」
叫ぶように訊ねたファクト。
だが、囚人たちは全員が
声をかけても反応すらない。
ファクトは仲間のことを聞くのを諦め、再び工場へと走り出した。
そのとき、突然手が掴まれた。
ガシッと力強く握られ、ファクトは誰だと振り返ると、そこには顔に傷のある屈強な体をした男――マスタードが立っていた。
「どこへ行くつもりだ!? まさか工場へ行くつもりなのか!? 止めておけ、行っても何もできやしない!」
マスタードは強引にファクトの手を引くと、彼に向かって大声を出した。
工場は完全に火に包まれた。
あれでは中にいる者は助からない。
なんとか救助しようにも、島中が燃えている状態ではそれどころではないと、ファクトに避難の列に並ぶように叫んだ。
だが、ファクトはマスタードの手を振り払うと、両目に涙をためて言い返す。
「オレは……誰も信じてなかった……。自分さえよければいい……そう思ってた……。でも……あいつらはオレにとって初めてできた仲間なんだ……。何も喋らなくても気味悪がったりしねぇ……。声をかけてくれて……傍にもいてくれるんだ……」
この若者は何を言っている?
マスタードは、
そして、泣くのを
「あんたがなにもしなくても、オレは一人でもあいつらのところへ行く!」
「混乱しているんだな、お前は。もういいから列に入れ。大丈夫だ。俺たちといれば島から無事に出られる」
「オレだけ生き残ったってしょうがねぇんだ! あいつらがいなくっちゃ……みんながいなきゃ……生きてても意味ねぇんだよ!」
暗い夜を炎が照らす中、ファクトの
走り去っていくファクトの後ろ姿を見て、マスタードは思う。
彼は混乱などしていなかった。
我を忘れておかしなことを言っているのではない。
あの若者の目は、死地に向かうときの兵士の目と同じだ。
死ぬときは一緒と誓った仲間を助けるために、絶望的な戦場へと駆けていく者と同じ気を発していた。
「こんな島に送られてくる人間に、あのような者がいたのか……。彼がそこまでして助けたい者たちとは……?」
マスタードは、ファクトの背中を見続けて、その姿が見えなくなるまで動くことができなかった。
――煙に巻かれ、熱さにやられたのか。
ガーベラとフリーは気を失っていた。
リットはまだメロウを起こそうとしているが、彼女にももう限界が来ていた。
周囲を覆う炎が、彼女たちを地獄へ案内しようと、じりじりと距離を
「ごめん……姉さん……。あたしたちを助けにきたばっかりに……」
「まだ、まだです! あの子がきっと……来てくれる!」
リットは、もちろん信じていると答えようとしたが、ぐったりとその場に
火災による死者の大半は、火炎に包まれ火傷により死亡するのではなく、煙を吸い込み一酸化炭素中毒などで死亡することが多い。
煙には、一酸化炭素や二酸化炭素をはじめ、燃焼物によってはシアン化水素や亜硫酸ガスといった有毒ガスが多く含まれている。
これらの有毒性に加え、燃焼に伴う酸素不足、高熱状態、煙による視界障害などにより思考力や判断力が低下し、混乱している間に中毒や窒息が引き起こされ、一瞬のうちに死にいたることがある。
それを考えれば、リットたちはよく堪えていた。
メロウも全身に火傷を負い、崩れた天井や壁が当たり、頭から血を流している状態だ。
この状況で命があるだけでも奇跡と言っていい。
しかし、このままでは確実に死ぬ。
リット、フリー、ガーベラの三人は、メロウを置いていけば、
だが、彼女たちはそんなことはしなかった。
いや、できなかった。
それは姉さんと
死にたくなどない。
どんなことをしてでも生きたい。
他人を
フリーとガーベラにはやりたいことだってある。
それでも、それでもだ。
三人はメロウ·リフレイロードを置いていくなど、絶対にできない。
「うわあああぁぁぁッ!」
リットの意識が消えそうになった瞬間。
突然、炎の中から男の
ファクトだ。
濡らした布が入った袋を背負い、彼は仲間たちを目指して必死に走った。
あいつらと一緒でなければ、生きていても意味がない。
ファクトは、生まれて初めて他人のために命をかけた。
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