10

――工場内は煙に包まれ、凄まじい炎が迫ってくる。


魔導機兵は、治安維持組織のリーダーであるマスタードを優先して助けるために、壁を破壊して脱出していた。


囚人たちもその開いた穴から脱出しようとしたが、破壊されてもろくなった支えが崩れ出し、逃げ道をふさいでしまう。


「くッ!? ここはもう無理か……。フリー、出入り口のほうはどうだ!?」


「ダメだガーベラ! あっちは人がごった返していてかえって危ないぞ!」


逃げ道を塞がれた多くの囚人が我先にと出入り口へと向かったが、混乱で人が人を倒していき、圧迫死する者が続出していた。


さらに天井まで崩れ、その下敷きになる者が増えていく。


人が潰れ、燃え、煙に巻かれて倒れていく。


工場内は、まさに地獄絵図と化していた。


逃げ遅れたガーベラとフリー、リットたちは、煙を吸わないように屈みながら進もうとするが、酸素が薄いせいか意識が朦朧もうろうとしてきていた。


ガーベラは嘆く。


自分に壁を破壊できるほどの力があれば。


フリーは考える。


水属性の魔法を使っても焼け石に水だ。


ニ人は、これまでに味わったことがないほどの無力感を覚えていた。


なまじ自信と実力があるだけに、何もできないことに胸が痛む。


周りには瓦礫がれきに押し潰された者や、燃えながら叫びその場で動かなくなった人間が力尽きていく。


自分たちもこのまま死ぬのか。


こんなところで囚人のまま命を落としてしまうのか。


そんなの嫌だ。


やっと自分の願っていた夢と向き合えるようになったんだ。


腐っていた自分にかつを入れてくれた人と約束したんだ。


それが、こんな結果で終わるのか。


ガーベラとフリーがそう思っていると、リットが言う。


「大丈夫だってニ人とも。姉さんが、メロウ姉さんが来てくれる……」


「お前は、どこまでめでたいんだ……。いくら姉さんだって、こんな中を入って来れるものか……」


リットが笑みを浮かべて言うと、ガーベラは鼻を鳴らして返した。


ガーベラは苦しそうに咳き込み、言葉を続ける。


「それに……あんな態度を取った私たちを……助けにくるはずないだろう……」


後悔の念を告白する。


どうしてあのときリットのようにメロウのことを信じようとしなかったのだろうと。


俯くガーベラを見て、フリーも申し訳なさそうに口を開いた。


「これは罰なのかもな……。あのとき、姉さんを信じられなかった……。まあ……ボクらと違って……リットは巻き添えみたいなもんだけど……」


天井が激しく崩れ始める。


もはや避けられるほど体力が残ってはいない三人は、死を覚悟した。


上からは瓦礫が落ちてくる。


このままリットたちは潰されてしまうかと思われたが――。


「すみません。遅れてしまいました」


メロウがうずくまっていた三人の傍に立ち、落ちてきた瓦礫を体で受け止めていた。


リットたちは、顔を上げて彼女を見る。


「来てくれたのか……?」


「やっぱ……姉さんは普通じゃない……」


ガーベラが目を見開き、フリーは呆れたように笑った。


リットはすぐに立ち上がると、メロウを手伝って瓦礫を放り捨てる。


「ふう、皆無事ですか?」


「姉さん……。う、うん……あたしたち、まだ生きているよ」


リットは涙を浮かべて答えると、メロウの体を見た。


その全身はいたるところが焼けただれていて、頭からは血が流れている。


ここへ来るまでに火の海の中を進み、崩落ほうらくを振り払いながら来たのだろう。


じっとしていた三人よりも、メロウは酷い怪我を負っていた。


それでも彼女は笑ってみせる。


普段と変わらない笑顔で、リットたちが心配しないように胸を張る。


泣いているリットに続き、ガーベラとフリーも立ち上がる。


ニ人は目頭に熱いものを感じながら思い出していた。


そうだ。


メロウ·リフレイロードとはこういう人だった。


たとえ燃え盛る火の中だろうとも、必ず助けに現れてくれる。


進んで損できる人間――こんな馬鹿な者などいないが、だからこそ自分たちは彼女に心を開いたのだ。


「姉さん……すまなかった……」


「ボクもごめん……。あのとき、姉さんのこと信じられなくて……」


涙ぐみながら言うガーベラとフリー。


メロウはそんなニ人に少し驚くと、早くこの場から脱出しようと言った。


ここへ来るまでに、火の付いた物を取り除いて通り道を作ってきている。


あとはその道から逃げればいい。


「大事なのは皆が生きること。私たちの命は、こんなところで終わるほど安くありませ――」


メロウが逃げる方法を説明すると、その場に崩れてしまった。


ここへ来るまでに無理をしすぎたのか、立っていられないほど辛そうだ。


それも当然だ。


表情こそいつもと同じだが、その体は火傷だらけで頭からは血を流している。


誰がどう見ても、すぐに治療しなければ命に関わる状態なのは明白だった。


「姉さん!? くっ!? おい、ニ人とも手伝え! 私が姉さんを抱える!」


ガーベラは倒れたメロウを抱えようとするが、煙を吸い込みすぎているのもあって、もうそんな力は残ってはいなかった。


フリーもリットも一緒になって持ち上げて運ぼうとするが、当然ニ人にもそんな力は残されていない。


メロウを置いていけば歩けなくはないが、そんなことはリットたちにはできなかった。


「せ、せっかく姉さんが来てくれたのに……」


リットが流した涙が、床に落ちて蒸発する。


それが工場内の温度を物語っている。


これ以上ここにいれば、死ぬのは確実だと。


それでも三人は、彼女を置いて逃げることができずにいる。


八方塞がり、絶体絶命、万策尽きた。


そんな絶望的な状況の中、メロウが口を開く。


「……諦めてはいけない。彼が、彼が必ず来てくれます……」


ガーベラとフリーは誰のことだと思い、互いに顔を見合わせると、次にリットのほうを見た。


すると、リットは涙をぬぐって、ニ人に笑みを返す。


「ニ人だって、もうわかってるでしょ。姉さんが言ってるのは、あいつのことだよ」

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