09

――ファクトはガーディとトリッキーの作戦を聞き、彼らと一緒に脱走することを決めた。


今はガーディと船着き場へと向かっているところだった。


彼らの作戦とは、島で騒ぎを起こしてそのどさくさに紛れて逃げるというものだ。


どういうわけか、こんな夜遅くに治安維持組織の船が島に来ている。


当然自分たちだけで帆船は動かせないが、すきを見て小舟ぐらい奪えるとガーディは言う。


「その騒ぎってのはなんなんだよ? 兵隊が船から降りてくるなんて余程のことじゃないと無理だろ?」


「そいつはトリッキーが今やってる。安心しろよ。お前の仕事は鍵開けだけだ。仕込みはもう済んでるし、面倒なことは俺らがやるからよ」


詳しい内容は教えてもらえなかったが、どうやら彼らと分かれたトリッキーが、その騒ぎを起こしに行っているらしい。


ちょうどメロウのことで、リットたちとは気まずくなっていたのもあって、ファクトは良い機会だと思っていた。


船着き場へと向かう途中、ふと工場があるほうが明るくなった。


ファクトは鐘の音で囚人たちを集め、松明たいまつでも付けたのかと思ったが、それにしても明るすぎると思っていると、そこへ別行動をしていたトリッキーが戻ってきた。


「こっちは完了だ。あとは船にいる連中が気がついて出てくれば、小舟を奪えるぜ」


やってやったと笑みを浮かべているトリッキーを見て、ファクトは再び明るくなっている工場のほうを見た。


気がつくと、それは工場だけでなく、島中が明るくなっている。


「まさかお前ら、島に火を付けたのか!?」


ファクトは夜の空がオレンジ色に染まっていくのを見て、声を張り上げた。


煙が空へと舞い上がり、勢いよく燃えていく島の光景は、まるで世界の終りのように見える。


下手をすると島に住む囚人が数人、いや数十人数百人は死んでしまうのではないか。


そう思わずにはいられない。


「おい、答えろよ! お前らがやったんだな!」


ファクトが問い詰めると、ガーディは不愉快そうに答える。


「ああ、そうだよ。船が来たことに気がついてな。そこら中にわらを仕込んでおいたんだ」


「あとは俺が魔法で火を付ければ、大火事が起きるってわけよ」


ガーディに続いて、トリッキーが得意気に言った。


ファクトはふざけるなと思い、彼らをにらんだ。


島の中心にある工場には今、囚人たちが全員集まっているんだぞと。


ガーディとトリッキーは何をそんなに怒っているのだと、ファクトに不可解そうな顔を向けていると、そこへ女が一人歩いてくる。


「メロウ·リフレイロードッ!?」


「テメェ! なんでこんなとこにいんだよ!?」


現れた女はメロウだった。


どうやら彼女は家を出た後、戻らずに外をふらついていたようだった。


「鐘の音を聞いて工場へ向かっていたら、偶然あなたたちを見つけたんです。それよりもあれは火事ですよね」


メロウが訊ねると、ガーディとトリッキーは突然走り出した。


まるで彼女から逃げるように、ファクトを置いて行ってしまった。


ニ人の行動からそれとなく察したメロウは、ファクトに声をかける。


「彼らの仕業ですね、この火事は。あなたも関わっているんですか、ファクト?」


「オ、オレは……知らねぇ……。あいつらに、脱走するチャンスだって言われただけで……オレは関係ねぇ!」


ファクトは後退りながら叫んだ。


そんな彼を見たメロウは、彼に背を向けて工場のほうを眺めていた。


メロウの顔を見てファクトは気がつく。


まさかあそこへ向かうつもりかと。


頭がおかしいのかと。


工場は囚人たちの住居とは違って造りがしっかりしている。


木造ではなく石やレンガでできている。


それが火事で崩れてしまったら、天井が落ちてきて中にいる人間は閉じ込められ、逃げることもできずに死ぬだろう。


今から行こうがもう遅い。


「あんた……行くつもりか!? あの炎だぞ! それにあいつらは島中に火を放ったって言っていた! もうすぐ全部が燃える! 今からあそこへ行ったって間に合うはずがねぇ!? 聖女ぶったって誰も褒めちゃくれねぇぞ!」


後退っていたファクトは、メロウに詰め寄って叫び続ける。


「誰も待ってなんかねぇ! あいつらだってあんたが助けにくるなんて思っちゃいねぇ! 王を殺しをしたあんたのことなんて……仲間だなんて思ってねぇんだよ!」


のどが潰れるかと思うほど叫んだファクト。


その声は、まるで傷ついた獣が咆哮ほうこうしているようだった。


無力な自分に嫌気が差しているのか。


それともこんなときでも善良ぶるメロウに怒りを感じているのか。


どちらにしてもファクトは、彼女のことを否定する。


助けに行こうが無駄だ。


あんたのことなんか待っていない。


それは、全部自分がメロウを王殺しだとリットたちに言ってしまったからだと、震えながら叫んでいた。


「そうかもしれない。私はもう、皆に仲間だと思ってもらえていないかもしれない」


「だったら!」


「それでも、私はあの子たちのことが、大事ですから」


メロウは詰め寄ってきたファクトにそう告げると、走り出していった。


そのときの彼女の声は、ファクトがよく知る、上品で穏やかなものだった。


「なんだよ……。なんでそこまですんだよぉ、あんたは……」


ファクトは走っていくメロウの背中を見ながら、その場で両膝をついていた。


「なにが仲間だ……。なにが大事ですからだよぉ……。人なんか信じたって……だまされるだけなんだ……。自分さえよければそれでいいだろ……? それでいいはずじゃなかったのかよぉ……」


もう間に合わないかもしれない。


助けなんか待っていないかもしれない。


だが、それでもメロウは走る。


凄まじい炎と黒い煙が渦巻く絶望の中、大事なものを守るために。

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