07

――自分の部屋に戻っていたファクトは、結局は眠れずに家を出ていた。


当てもなく島を彷徨さまよっていると、ふと目の前にニ人の男の姿が見える。


それは、ファクトに国王を殺した人物がメロウだと教えた――ガーディとトリッキーだった。


ファクトは彼らを一瞥いちべつすると、すぐに歩き出した。


今は誰とも話したくない以上に、余計な話をしてきたニ人と顔を合わせるなど、胸糞悪かったからだ。


だが、ガーディとトリッキーはファクトのことを追いかけてくる。


その様子はずいぶんと慌てているように見えた。


「待てよ、ファクト。お前、こんな時間になにやってんだ?」


トリッキーが訊ねてきた。


こっちの台詞だと言いたかったが、ファクトは無視して歩いていく。


そんな彼の後を、ガーディとトリッキーは追いかけてくる。


肩を掴み、無理やりに止めて一方的に声をかけてくる。


「だから待てって! 無視してんじゃねぇよ!」


「別に、散歩だ散歩」


声を荒げるトリッキーに、ファクトは冷たい声で返事をした。


その様子を見ていたガーディが、ふと何か思いついたように言う。


「まあいいや。そういえばお前、窃盗罪でここへ来たんだったよな?」


それがどうしたと口から出そうになったが、ファクトは黙っていた。


ガーディは彼の態度を気にせずに話を続ける。


「鍵開けとかできねぇか?」


「おい、ガーディ!」


「いいじゃねぇか、トリッキー。こいつは使えるって」


ファクトは、ニ人が何を揉めているのか、何を考えているのかすぐに理解した。


おそらく脱走でも考えているのだろう。


夜な夜な外に出てこそこそとしているのが、その証拠だ。


だが、船でもない限り島からは出られない。


だからこそ島内では自由を許されている。


いくら腕力が強かろうが、魔法が使えようが、鍵開けができようが、そもそも逃げる手段がない。


そんなこともわからないほど頭が悪いのかと、ファクトがニ人を内心で小馬鹿にしていると――。


「実は今、島に船が来てんだ。それで小舟でも奪おうと思ってんだが、錠でもかけられてたら厄介だろ。手伝ってくれよ」


ガーディの誘いに、ファクトはまた馬鹿かと思った。


船が来ていようが、魔導機兵は眠ることなく周囲を見張っているはずだ。


そんな中でましてや船員もいる状態で船を盗めるはずがないだろうと、鼻を鳴らして返す。


「お前もこっから出たいだろ?」


渋々ながらもトリッキーも誘ってくる。


うんざりしたファクトが断ろうとすると、突然大きな鐘の音が鳴り響いた。


囚人たちを集めるために鳴る、仕分け工場にある鐘の音だ。


こんな夜遅く、誰もが眠っている時間に鳴ることなど、ファクトたちが島に来てからは一度もなかった。


それなのに、一体何があったのかと思っていると、ガーディがトリッキーと顔を見合わせて笑っている。


「こいつはツイてるな。まさに脱走しろって言ってるようなもんだ」


「おい、ファクト。これで確実に島から出られるぞ」


それからニ人は、ファクトに脱走の計画内容を話し始めた。


――ガーベラが眠れずに、家の炊事場で顔を洗おうと向かうと、そこには先にリットがいた。


リットは夕食時にメロウが作った料理を鍋に戻し、全員分の木製の食器を洗っている。


その後ろ姿は、なんだか泣いているようにガーベラには見えた。


ファクトがとんでもないことを言い出し、メロウにどう接していいかわからなくなってしまった。


少なくともガーベラとフリーはそうだ。


それでもリットは、何があろうとメロウを信じると言い切っていた。


自分にはそう口にする強さはない。


ガーベラは歯を食いしばりながら思う。


このボサボサした黒髪の女は、腕力では自分にはかなわず、魔力もフリーに比べれば大したことはない。


さらにファクトのような素早い動きも鍵開けなどのスキルもなく、比べるまでもなく彼よりも頭も悪い。


得意なことなど何一つない。


その上やりたいことも明確ではない。


ガーベラは女ながら騎士になるのが夢だった。


平民ながら騎士になった父のように、自分もいつかは大事なものを守れる人間になるのだと。


フリーの夢は魔道士。


それも国外にも名をとどろかすほどの大魔道士になることを目指している。


ファクトははっきりとは口にしていなかったが、政治や法律に関わる道を進みたいと言っていた。


そして、メロウはリフレイロード王国だけでなく、世界中から争いをなくしたいと願っていた。


皆がやりたいことを語っていたとき、リットだけは自分には何をしたいかなんて考えたことがないと口にした。


ガーベラは、正直そのときから彼女のことを見下していた自分に気が付く。


きっと得意なことがないのも、そのせいなのだと、どこかで馬鹿にしていたのだと。


だが、あのとき――。


リットはファクトが突きつけた話に正面から向かい合い、メロウを仲間だと、彼女を信じようと呼びかけた。


ファクトの気持ちはよくわかる。


ガーベラもフリーもまた、もし国王が殺されることなく王国が以前のままだったら、罪を犯さなかったと思っていた。


しかし、メロウは生まれて初めて優しさというものを教えてくれた人だ。


もちろん誰もが尊敬している。


普段は無愛想なファクトだって、こんな話をする前はメロウの言うことは絶対に聞いていた。


そんな人を、どうして自分はかばえなかったのだろうと、ガーベラは、見下していたリットに敗北感を覚えてしまう。


「なにしてんだよ、ガーベラ?」


そこへフリーがやってきた。


彼も眠れなかったのだろう。


不思議そうにガーベラを見ると、一人で片付けをしているリットに声をかける。


「リットまで起きてたのか。なんだよ、せっかくボクが片付けやろうと思っていたのにさ」


リットは慌てて顔を拭うと、ニ人に向かって、だったら手伝ってくれと声をかけた。


フリーはへいへいと面倒くさそうに手伝い始め、ガーベラも彼に続いて食器を乾拭きし出す。


「リット。今回はお前の勝ちだが、次は絶対に負けないぞ」


「なに? あたしが勝ったって……? 一体なんの話なんだよ、ガーベラ?」


「細かいことは気にするな。よーし、明日は私が当番だったな。姉さんとファクトが喜ぶような料理を作ってやる!」


ガーベラが意気込んで声を張り上げたとき、外から囚人たちを集める鐘の音が聞こえてきていた。

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