06

――キャラック船がパノプティコンへと入港していた。


船着き場には、魔導機兵が船を出迎えるために集まっている。


物々しい数の兵士が船内で待機しており、まるでこれからいくさでも始まるかのような雰囲気だ。


とても流刑島には似つかわしくない。


そんな船内を歩く女が、部屋の前で足を止めて中にいる人間に声をかける。


「マスタードさん。シュガーです。入ってよろしいでしょうか」


返事があったので、女は部屋の中へと入った。


男のような短髪の女――シュガーは、部屋にいた男に敬礼する。


その凛々しい表情から、彼女の真面目さが伝わってくるような、そんな顔をしていた。


「魔導機兵への対応が完了しました。手続きも済んでいます。こちらはいつでも突入できますよ」


シュガーが言葉を続けると、部屋にいた男はうつむいた。


顔をしかめ、握っている拳には力が込められている。


「そうか。着いてしまったな……」


男の名はマスタード。


この流刑島であるパノプティコンへ派遣された治安維持組織――アナザー·シーズニングの指揮官だ。


屈強な体に顔にある傷からして、絵に描いたような軍人のたたずまいをしている。


彼らがパノプティコンに現れた理由は、王位第二継承者であるメロウ·リフレイロードを始末するためだった。


たかが元王女を殺すためだけに、一軍を動かすなど大袈裟だが、もちろんそれにはわけがある。


それは、島の囚人たちが暴れたため、国は組織を派遣したということにするためだ。


マスタードは、そのどさくさに紛れて王女を暗殺するという指示を、国から受けた。


罪人になったとはいえ、メロウ·リフレイロードの影響力は王国でもまだまだ強い。


彼女を担ぎ上げて、内紛でも始まれば国力が落ちる。


だが、マスタードはこの作戦に乗る気ではなかった。


彼は真実を知っていた。


偉大なるリフレイロード王を殺したのがメロウではないことを、彼はわかっている。


王を殺したのは、王位第一継承者であるフェロ―シャス·リフレイロードだった。


フェロ―シャスは、父のやり方ではこれからの時代を生きていけないと反旗をひるがえした。


そして、その罪をすべて妹のメロウに被せた。


マスタードを含めた中枢ちゅうすうの者の多くが、その事実を知っている。


受け入れがたい話だが、それでも彼がフェロ―シャス側についているのは、リフレイロード王のやり方では国を守れないと判断したからだった。


現在、世界ではこれまでにないほど戦火が広がっている。


天然の要害が国境にあるとはいえ、以前のままでは国がおびやかされる。


マスタードはそう考えたのだが――。


「部隊を動かす必要はない。シュガー、お前はここで兵たちと待機していろ」


「しかし、それでは命令に逆らうことになるのでは……。作戦では、我々も適当に暴れるというものだったはずです」


「責任は俺が取る」


静かだが力強い声を出したマスタード。


それでもシュガーは言い返す。


「ここは罪人の島です! マスタードさんだけでは危険ですよ! せめて、せめて私だけでもお連れに!」


「頼む、俺だけで行かせてくれ……。お前たちに、兵士としての汚名を着せたくないのだ」


上官の言葉に、シュガーはもう何も言い返せなかった。


マスタードは、もし国王の殺害やメロウ王女が無罪だという話が露見したときに、シュガーたちに害が及ばないようにしているのだ。


そのことを理解しているシュガーは、それでも彼の力になりたいと思いつつも、覚悟を決めている男を止めることはできないと思ってしまっていた。


この人はいつもそうだ。


自分だけで厄介事を抱え込み、部下たちに被害が出ないように立ち回る。


国王暗殺の事実に関しても、アナザー·シーズニングのメンバーは皆知っている。


国のためだけではない。


マスタードは部下たちを守るために、フェロ―シャス側についているのだ。


本来ならば彼の思想は、亡き王と同じ考えの人間だ。


弱きを助け、平民も貴族も分け隔てなく付き合う。


敬意を持つべき人間には、たとえ卑しい身分の者でも評価してきた。


それでもすべてを俯瞰ふかんし、マスタードなりに最善を尽くした結果が現在である。


メロウ王女に罪はない。


そんなことはわかっている。


だが、誰かが彼女を殺さねばならないのならば、自分がやる。


部下たちの手を汚させるものか。


罪悪感を背負うのは自分だけでいい。


「マスタードさん……あなたという人は……」


どこまで不器用な人だと、シュガーは今にも目から涙がこぼれそうになっていた。


マスタードはそんな彼女の肩をポンッと叩くと、部屋から出ていく。


剣をただ一振り腰に差し、大した装備も持たずに。


船内を歩きながらマスタードは思う。


殺したくはない。


しかし、殺さずにはいられないのならば、自分が決着をつける。


たとえそれが、己の信念に反することだとしても。


「出るぞ。お前たちはシュガーの指示があるまで動くな」


マスタードは待機している兵士たちに声をかけると、暗い流刑島を進んでいった。

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