02

メロウは拾った棒を構えた。


両手持ちのスタイルで、ずいぶんと堂に入っている。


四人からこいつ、剣士かと声が漏れ、彼女の威圧感に思わずひるんでしまっていた。


だが、ボサボサした黒髪の女だけは、握った拳に力を込めて歩を進める。


「剣士だからどうしたってんだよ……。こっちは……これ以上バカにされて黙ってられるか!」


黒髪の女は声を張り上げると、メロウへと飛びかかった。


思いっきり握った拳を振り上げて、顔面を打ち抜こうとした。


だが、メロウには当たらない。


何度拳を振ってもすべて避けられてしまう。


「うわぁぁぁ!」


「遅いです」


そしてメロウは、向かってきたボサボサした黒髪の女の額を打ち抜いた。


黒髪の女は、その一撃で沈んでいく。


残りの三人が手を貸す時間もなく、あっという間に。


「ガハッ!?」


ボサボサした黒髪の女の名はリット。


彼女は所属していた冒険者ギルドのギルド長を半殺しにした罪で、この島――パノプティコンに送られた。


「うおぉぉぉ!」


次に動いたのは長身の女だった。


彼女は束ねている金色の髪を激しく揺らしながらメロウの体に掴みかかったが、リットと同じようにかわされる。


もう一度飛びかかろうとした瞬間、メロウの振った棒が彼女のあごに打ち抜き、長身の女はその一撃で意識を失った。


長身の女の名はガーベラ。


小さな冒険者パーティーの見習い騎士だったが、娼館の主人を不法監禁、拷問して流刑罪になった。


「クソ!? 我が手に炎、集い来て敵をつらぬけ!」


長髪の男が全身から魔力を放ち、それを炎へと変えて放った。


逃げ場のない室内で凄まじい炎がメロウを襲ったが、彼女は開いた両手で、いとも簡単に降りかかった火を振り払う。


「なッ!? 嘘だろ!? 素手で魔法を!?」


一瞬で間合いを詰められ、長髪の男はメロウの突きを喰らって壁に叩きつけられた。


長髪の男の名はフリー。


元々は高名な魔術師の弟子だったが、使えない魔導具を売ったとして詐欺罪で故郷を追われた。


「まともにやっても勝ち目はなさそうだな。だが、これならどうだ!」


ピアスの男は足を使い、メロウの周囲を飛び回った。


狭い室内をまるでネズミのように動き回り、彼女のことを翻弄ほんろうしようとしたが――。


「グハッ!? 今のを……止めるのかよ……?」


すぐに捉えられ、その腹を打ち抜かれた。


ピアスの男の名はファクト。


数えきれないほどの盗みを繰り返し、窃盗犯として流刑となった。


彼ら彼女らに信じられるものは、自分の力だけだった。


やらなければやられる。


幼い頃からそんな世界で生きてきた。


負けるわけにはいかなかった。


それでも、上には上がいることはわかっている。


自分が未熟な世間知らずだと知っている。


だから自分はこんな島に送られたのだと、薄れゆく意識の中で四人は思った。


「うぅ……。これは……?」


リットが意識を取り戻すと、傷の手当てがされていた。


他の三人も横に寝かされ、同じようにボロボロの布で傷口を巻かれている。


いい匂いがしてくる。


それは炊事場からだった。


リットが匂いに気がつくと、続いて三人も目を覚ました。


そこへメロウが現れた。


彼女が四人を見下ろして口を開こうとすると、突然扉から魔導機兵が入ってくる。


騒ぎを起こしたことを罰しようと現れたのだ。


そのことを理解した四人がおびえていると、メロウは魔導機兵の前に立つ。


「私がやりました。罰ならば私が受けます」


その言葉を聞いた魔導機兵は、持っていた鉄棒で彼女を打ち始めた。


薪割りでもするかのように、ただ淡々と鉄棒を振り落とす。


それでもメロウはけして屈せずに、黙ったまま打たれ続けた。


次第に額から血が流れ始め、飛び散った血が周囲を真っ赤に染めていく。


しばらく打ち続けると、魔導機兵は去っていった。


指定された罰を与え終えたのだろう。


何も言葉を発することなく家から出ていき、扉を閉めた。


「さて食事にしましょうか」


メロウはほおを伝う血を拭うと、四人に向かってそう言った。


何事もなかったかのように、腫れた顔を緩ませて炊事場へと歩いていく。


四人は、そんな彼女の背中を見ながら動けなかった。


なぜ自分だけで罰を受けたのだと、メロウのしたことにただ目を開いていた。


「こんなことで……手懐けられると思ってんの!?」


リットが立ち上がり、メロウに向かって声を荒げた。


再び室内を緊張感が覆っていく。


しかし、メロウはそんな空気を壊すかのように微笑みを見せた。


彼女の笑顔に見とれ、リットの強張っていた体から力が抜けていく。


それは、他の三人も同じだった。


どうしてこの人は笑っているのだろうと、不思議すぎて、言葉も何もかも忘れてしまっていた。


「あなたたちを手懐ける意味なんてないと思いますが……。まあ、いいでしょう」


メロウは四人のほうへ体を向けると、笑みをそのままに言う。


「私はメロウ·リフレイロード。とりあえず食事にしましょう。もっとも味のほうはあまり自信はありませんけど」


メロウは四人に炊事場へと来るように言うと、そこにはスープが作られてた。


彼ら彼女らが気を失っている間に、メロウが用意したのだろうと思われる。


メロウは呆けている四人のことなど気にせずに、人数分をよそい始めた。


「どうしました? 早く席に着いてください。せっかくの料理が冷めてしまいます」


四人は言われるがまま席に着いた。


そして空腹だったのもあって、勢いよくスープを食べ始める。


「味はどうですか?」


「しょっぱい……。しょっぱいよぉ……」


リットは涙を流しながら言った。


他の三人も歯を食い縛りながらスープを食べていく。


「やっぱり失敗しちゃいましたか。まあいい、しょうがないです。我慢して食べてください。では、食べながらでいいですから、あなたたちの名前を教えて」


これが四人とメロウ·リフレイロード――今後姉さんと呼び慕う人の出会いだった。


メロウは強く、そして何よりも優しかった。


彼ら彼女らには馴染みのない、聖女のような優しい心を持っていた。

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