ゴールデンウィークで行き先変更

うたた寝

第1話


 ゴールデンウィーク。それは平日も上手く休めれば大型連休を作ることも可能になる、社会人にとっては仮初の休みを得ることができる期間である。一方、サービス業などでは多忙期の皮肉を込めてブラックウィークなどと呼ばれたりもするらしい。

 休みの過ごし方など人それぞれ。人混みが嫌いだから家で引きこもってゴロゴロ過ごす、という人も居るだろう。いいと思う。全力でゴロゴロを応援しよう。逆に休みに家に居るなんて勿体無いと思い、遠方に旅行へ出かける人も居るだろう。いいと思う。行けなかった人も行った気分になれるよう、写真なり動画なりをアップしてくれたまえ。

 彼女も重い腰を上げて家を出て来た組だが、駅に着いた段階で既に疲弊して帰りたくなってきている。電車内もそこそこの混雑具合であったが、まさか降りてからの人混みの方が凄いとは思わなかった。どこを見ても人・人・人。彼女がムスカであればこう言っただろう。『人がゴミのようだ』と。

 おまけにもう一つ困っているのが5月にも関わらずこの暑さ。どうやら地球の終わりはもう近いらしい。異常気象である。こんなもん。帽子や日傘を持ってこなかったことが悔やまれる。溶けるんじゃないかと思って駅の日陰でしばらく待機していたが、同じく日陰に集まった人たちの熱により、直射日光の暑さは凌げているが、これはこれで蒸し暑い。

 直射日光に焼かれて死ぬか、このまま蒸し殺されるか。何でこんな祝日に究極の生命の選択を迫られなければならないんだ、と彼女は思いつつも、焼き殺される方を選び、覚悟を持って一歩踏み出す。

 ジィーッ!! と日差しが肌を焼くかのような感覚に、自分の決断をすぐに後悔した彼女。日焼け止めなんて塗ってきてないぞこんちくしょうめ、と忌々しい視線を向けながらバス停へと向かう。

 バス停へとたどり着いた時、彼女はその場で泣き崩れるかと思った。いや、実際泣き崩れていたと思う。彼女が社会人でなければ。社会人がバス停に並んで泣き崩れるのはみっともないな、という一種の自制心が涙を流そうとする涙腺と崩れ落ちそうになる膝をギリギリで踏み留めていた。

 バス停へと伸びる長蛇の列。観光地へと向かうバスの人気は凄まじいものがある。一瞬、最後尾がどこなのかすら分からなかった。バス停に着いたバスに係員みたいな人が無理やり人を押し込んでいるところを見るに乗車率は120%越えといったところだろう。それだけ詰め込んでも人がさばききれず、列は途絶えることを知らない。

 こういう大型連休で人混みが凄い時はバスの一日乗車券などは買わないことをおすすめしよう。ほとんど自由に乗れはしない。乗れたとしても長蛇の列に並び、満員バスの中におしくらまんじゅうのように押し込まれるわけだ。あまり何度も乗りたい気はしないだろう。休みの日の風物詩と割り切るのであれば、止めはしないが。

 乗る気などさらさら無いが、冷やかしも兼ねてタクシー乗り場の方も見てみたが、バスの列よりはマシだが、それでもかなりの列になっている。バスの列を見て、予算に余裕のある人たちがタクシーの列に流れていった、という事情もあるのだろう。一度に乗れる人数はバスの方が多くはあるので、どちらの方が早く乗れるのか、は微妙なところがあるが。

 まぁ、乗りもしないタクシー乗り場など眺めていても仕方がない。バス停の列へと合流するため、最後尾へと向かうことにする。向かう途中、走って行った人に抜かれたが、なんかもうそんなの誤差じゃね? と思って釣られて走るようなことはせずに堂々と歩いて合流する。

 すると、

「あれっ? 久しぶり~」

 合流した列の前の人に話し掛けられた。正直に言おう。誰? と彼女は思った。

 だが、これは彼女を責めないでもらいたい。相手がつばの広い帽子を被っているわ、でっかいサングラスはしているわ、マスクはしているわで、顔が全く分からないのである。顔認証にも恐らくヒットしないだろう。え? 顔がちゃんと見えたら分かったのかって? そこはノーコメントである。

 彼女が固まっていることを気遣ってか、相手はマスクとサングラスを外して笑顔を見せてきた。私、私、と顔を指差してくるがちょっと待ってくれ。記憶を遡るから。え~っと、何か見覚えはあるような……、無いような……。うーん……。

「………………久しぶりー」

「絶対思い出してないよね?」

 鋭いツッコミである。何故分かったのだろうか? どうやら彼女の鍛え抜かれ卓越された演技力を見抜くほどの観察眼を持った人物であるらしい。もしくは彼女の微妙な感情の機微が分かるくらいの親しい間柄だったのだろうか。だったら忘れるわけも無い気が……。いや? そういえば何かずっとつきまとってきてた奴が居た、

「あっ、思い出しっ……。……いや、思い出さないでおこう……」

「何でよっ!?」

 人には思い出さない方がいい記憶もある。どうやら記憶の奥底に封じ込めていた記憶が今不本意に呼び起されそうになっていたらしい。危ない危ない。厳重に鍵をかけて思い出さないようにしておかなくては。世の中にはコンプライアンスというものがあるのだ。コレとの回想シーンなど入れようものならコンプライアンスに引っかかってしまう。

 ってかさっき彼女を走って追い抜いていったのコイツか。道理でマナーの悪い奴が居ると思った。コイツと分かっていれば足を引っかけて思いっ切り横転させても良かったものを。

「お久しぶりですねー。お元気でしたー? ではまたー」

「すっごい他人行儀になった挙句会話を終わらせようとしているっ!?」

 ではまたー、と解散したかった彼女だが、生憎列に並んでいる関係でそういうわけにもいかない。仕方ない。何かで時間を潰さなくては。あ、いいのあんじゃん。

 ちょうどいい暇つぶしの道具を得た彼女はしばし友人と談笑して時間を潰していたのだが、列は全く動く気配が無い。バスが着て多少動きはするが、それでもバス停までの距離にはほど遠い。

 乗れるのはしばらく先になりそうである。交通渋滞も起きているようでバスも遅れているようだ。何時ごろに乗れるのかの目安も分からない。何時には乗れる、というのが分かれば、それまでの我慢と割り切ることもできるが、それが分からないと割り切るのも難しい。いつ来るかも分からない乗車の時間を夢見て、この日差しの中いつ来るかも分からない時間をずっと待たなくてはいけない。うーん、と彼女はしばらく腕を組んで考えたがやがて、

「仕方ない、行くの止めるか」

 そう言って彼女が列を離れようとすると、何故か前の友人も付いてきた。

「……そうだね~。この列じゃあ……。時には諦めも重要だよ」

「何でお前も付いてくるので?」

「冷たいなぁ~……。せっかく久しぶりに会ったんだし、どこかでお茶でもして行こうよ」

「えー……」

「嫌そうな顔しないでよっ!!」

 嫌そうではなく嫌なのだが。手首を掴まれ無理やり連行される彼女。お茶でも、って言ってもだ。似たような事情で列を離れたであろう人たちでどこも混み合っている。

「混んでるねー……」

「でしょうね」

「せっかく有休取って長期休暇にして来たんだけど……。どこもこんな感じでさぁ~。行きたかった場所に行けなかったのは残念だけど、こうして昔の友達に会えたのはラッキーだったなぁ~」

「私はアンラッキーですが」

 彼女の不満は無視して友人はこちらを見て聞いてくる。

「そういえばそっちは? どこ行こうとしてたの? って、同じバス停並んでたんだから行き先同じか」

「いえ、多分違いますよ」

「あれ? そうなの? じゃあどこに?」

「会社」

「それは行かなきゃダメじゃない?」

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