第26話 風の襲撃者

 現状では、シリウスとベテルギウスがダンジョンに潜ってモンスターを狩って素材を回収してくれている。


 一方で拠点に残っているプロキオンはウィル・オ・ウィスプのベータを連れて羊のモンスターのスポーンブロックを利用して狩りをしてくれている。これでグレムリンの食料は賄えるはずだ。


 そして、俺がやっているのは、医務室作り。穴掘りで空間を作って、そこを清潔に保つためにザイがくれた材木で床や天井や壁を作っていく。この作業が中々に大変である。


 アロエとシャクヤクは医務室が完成したら根を張るのをやめて、こちらに引っ越すようである。地中から栄養を補給できなくなるので、彼女たちにはこれからの成長速度が低下する。それは、アロエとシャクヤクの収穫量が減るというわけだ。


 ドライアッドたちが根を張ってからそれを切り離すのもかなりの負担がかかるのでそう何度もできることではない。残念ながら効率が落ちた状態でこれからは生産をがんばってもらうしかないようである。


 まあ、いざという時に移動できないと医者としても不便すぎるから、それは仕方ないことだと割り切るしかない。


 ドタバタと足音がする。人間形態のプロキオンが俺の姿を発見するや否や息を切らしながらしゃべる。


「主! 敵襲だ。我が迎え撃つ!」


「また敵襲か。本当にダンジョン配信者共は飽きないな」


 このタイミングで敵襲は地味に辛いな。シリウスもベテルギウスもいない。プロキオンだけで迎え撃つことになるのか。一応、後方にナイアードとネレイドはいるけれど、彼女たちは基本的に水生生物だからあんまり地上に呼び出しすぎるのは可哀想だ。よっぽどの緊急事態でもないと呼びたくないな。


 でも、プロキオンだけでどうにもならなさそうなら、ナイアードやネレイドを呼び出すしかない。そのことは頭に入れておこう。


「主、大丈夫です。我だけでもやれます」


 プロキオンが俺の不安そうな表情を読み取ったのか励ましてくれた。


「ああ。任せた」


 そう言われたら、俺も彼女を信頼するしかない。



 いつものように俺が物陰に隠れる。ベータが漂って灯りを照らしてくれている。そんな中、通路からミニスカートを履いた女がやってきた。髪の色は明るい栗色のボブカットで如何にも活発そうである。


「やーやー。あたしは、フェーン。この先を通してくれたらキミたちには危害を加えないよ?」


「ならば、我の答えも1つ。引き返すなら危害は加えない」


 プロキオンが弓を構える。そんな様子にフェーンと名乗った女は肩をすくめる。


「やれやれ。あたし相手には1人で戦うんだね。前みたいに3人でかからないんだ。舐められたものだね」


「ソウダヨ フェーン、コンナヤツ ヤッチャエ!」


 フェーンの背後からカメラを首から下げているコウモリのようなモンスターがいる。あいつがカメラ役か。配信者も色んなカメラを持ってるなあ。


「引く気はないということか。では、こちらが弓を引かせてもらう!」


 プロキオンが矢を放つ。その矢は確実にフェーンの体をとらえていた。しかし、その矢はフェーンの体に当たる直前に逸れてフェーンの顔の左側を抜けて通路へと飛んでいった。


「な……我が外した……いや、違う。あの起動。お前が何かしたのか」


「うん。そうだよ。まあ、なにをしたか。それは答える必要がないけどね!」


 フェーンがプロキオンに接近する。速い。前回戦った大男ほどの加速ではないものの、十分すぎる。そして、素早い動きでプロキオンの脇腹に思いきり蹴りを入れた。ミニスカートの中のパンツは……見えなかった。ミニスカートの中にスパッツを履いてやがった。そこのガードは完璧というやつか。


「くっ……」


 プロキオンは脇腹を抑えつつ、フェーンの第2撃をガードした。更にフェーンの追撃。それはきちんと交わして、今度はプロキオンが足技を用いる。フェーンに向かってローキックを放つ。


「んぐ……い、いったーい」


 フェーンの体が宙に浮いて、そして後方に下がった。その時、彼女の髪がスカートがふわっと舞った。この力は……


「お前、風の力を持つ覚醒者か」


 プロキオンもその挙動で気づいたようである。


「あー、バレちゃったか。そう、あたしは風を巻き起こす能力を持っている。さっきの矢も風で軌道を逸らしたの」


 なんてこった。射撃は風で起動が変わる。よりによって、射撃武器を得意とするプロキオンの相手がこれか。


「そうか。タネがわかれば恐れるに足らず」


 プロキオンは弓矢を捨てて、素手状態になり構えた。そうか。メタモルフは普通に格闘戦も強い。武器に拘る必要はないんだ。


「いざ尋常に勝負!」


 プロキオンがフェーンに向かって突進する。そして、フェーンに突き攻撃の連打を食らわせた。


「あ、がは……く……」


 いくら、風で自分のスピードを底上げしているとはいえ、本人の身体能力に差がありすぎる。プロキオンの攻撃に対応しきれないフェーンはそのまま一方的に攻撃されているだけ……かのように思われた。


「あきゃあああ!」


 フェーンが叫んだと思ったら、急に強風が吹いた。そして、プロキオンが飛ばされてしまう。飛ばされたプロキオンから出血が出ている。周囲の壁にも切り込みが入る。これは一体……


「はぁ……はぁ……」


 フェーンが肩で息をしている。飛ばされて体が切り傷だらけになったプロキオンはそれでも怯まずに突進。フェーンに思いきりケンカキックを食らわせた。


「がは……」


 フェーンはそのまま通路の方へと飛ばされてしまった。


「アッ! フェーン! オボエテナサイ!」


 フェーンの付き添いのコウモリモンスターも通路の奥へと逃げて行った。


「はぁはぁ……勝った」


「プロキオン! 大丈夫か!」


 俺はすぐにプロキオンに駆け寄った。切り傷は浅いものの出血している。これはどうにかして治さないと。俺はプロキオンに肩を貸して医務室まで運んだ。



 とりあえず簡素的な作りの医務室。そこにアロエとシャクヤクを呼び出して、プロキオンの傷の具合をみてもらうことにした。


「うん。血は出ているけれど、傷は浅いね。でも、しばらくの戦闘は無理みたい」


「そっか。ありがとうアロエ」


 俺は落ち込んだ。やはり仲間が傷つくのは見ていて辛いものがある。


「大地様。アロエ様が傷口を診てくださったので大丈夫かと思います。メタモルフは元々傷の治りが早い種族ですので、すぐに戦線復帰できることでしょう」


 シャクヤクが俺を励ましてくれた。


「主。すまない。我の戦い方が甘かった。敵に反撃の隙を許してしまうとは不覚」


「謝らないでくれプロキオン。お前はよくやってくれた。敵を撃退してくれただけで十分すぎるほどだ」


 拠点を守るために戦ってくれているプロキオンを誰が責められようか。


「宿主様 警備室 敵ガ ナニカ オトシタ」


 ベータが俺にそう伝えた。配信者がなにかを落としたのか。戦いに夢中で気づかなかったけれど、重要なものを落としたかもしれない。


「ありがとう、ベータ。アロエ、シャクヤク。プロキオンを頼んだ」


「ああ。任された。大地君は自分のやるべきことをしてくれ」


 アロエの言葉を背に俺はベータと共に警備室へと向かった。


「これが落とし物か」


 フェーンが落としたものと思われるポーチ。よく見ると紐の部分が切れている。この切れ方的には刃物で切られたっぽい感じだな。プロキオンに反撃する時に放った風の刃。それで、自分のポーチの紐を切っちゃったのか。


「中身は瓶詰の保存食か。うん、結構な量が入っているし、羊を狩った分と併せると……これだけあれば流石にグレムリンの腹も満たされるだろう……多分」


 プロキオンが負傷したのは痛いけれど、ちゃんとリターンがあって良かった。ビンの容器はサバイバル生活においても役立つだろうし、食べ終わったとしても十分に有効活用させてもらうとするか。

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