第24話 ダンジョンのボス

「なに? ダイチー。爪切りを作って欲しいのかー?」


「ああ。俺も結構爪が伸びてきたからな」


「そっかー。人間は爪を自由に引っ込めたりできないもんな。わかったー。作ってやるから待ってろー」


 グレムリンは集めてある竜骨を手に取って自分の爪で削り始めた。竜骨を精密に削れるなんて便利な爪だな。この器用さは人間のそれを大きく凌駕していると思う。


 さて、身だしなみを整える道具を作るついでに、マキにアレを作ってもらうように相談するか。


「マキ。ちょっといいか?」


「はい。ご主人様。私になにか用ですか?」


「ああ、ちょっと身だしなみを整えたいからな。クシとか歯ブラシとか……作れないか?」


 木で作った歯ブラシがあると聞いたことがある。マキならそういうものを作れるかもしれない。


「ええ、可能ですよ。道具製作チームのみんなで開発してみますね」


「ああ、頼む」


 歯磨きは身だしなみ以前に虫歯や歯周病を予防する観点からも絶対に必要だな。もし、歯の病気にかかったりしたら……歯医者にいけない現状では命に関わってしまう。



 歯ブラシと爪切りが完成して、ついに身だしなみを整えることができた。何気に口の中もねちょねちょして気持ち悪かったし、歯磨きをしてスッキリしたのは本当に気分が良い。


 気分が良いついでにダンジョン探索でもしてみるか。今回の探索メンバーはプロキオンとベテルギウスだ。俺は撮影用のロボットを起動してダンジョンに潜らせた。


 ダンジョンを進むと、当たり前だが分かれ道についた。片方はウィル・オ・ウィスプのスポーンブロックがあった地点だ。


『左は行き止まりだ。だから右に行こう』


「わかったよ。ご主人君」


 というわけで、生物の気配がすると言われている右の道を進むことにした。


 戦闘は剣を使えるベテルギウス。その後ろに弓を使えるプロキオンを配置して進む。通路を進んでいくと、その先に大部屋に出た。


 その部屋にいたのは……巨大な蜘蛛だった。その周囲には友好的ではないスポーンブロックが置かれていて中から一定の周期で小さい蜘蛛が出てきた。


「モンスター。どうやらこちらに敵対的なようですね。ベテルギウス。我が小さい蜘蛛を矢で確実に仕留める。お主は、あのデカブツを頼む」


「了解だよ。プロキオンちゃん!」


 巨大な蜘蛛が口を大きく開けてこちらに紫色の液体を飛ばして来た。ベテルギウスがそれを回避する。


「おお、先制攻撃を取られたね。でも。私は負けないよ」


 避けた先に小型の蜘蛛がいて、それがベテルギウスの首筋に噛みつこうとする。そこをすかさず、プロキオンが矢で小型の蜘蛛を射抜く。


 矢が突き刺さった蜘蛛は緑色の血を噴出し、脚をぴくぴくさせて弱っている。しばらく待てば絶命するだろう。


「ナイスアシスト、プロキオンちゃん!」


 ベテルギウスがプロキオンに向かって親指を立てる。ベテルギウスはそのまま向き直り、巨大蜘蛛へと向かっていく。途中で小型の蜘蛛に襲われたりしながらも、それをプロキオンが駆除。なんとかボスの前へとやってきた。


「食らえ!」


 ベテルギウスが蜘蛛の腹に剣を突き刺そうとする。体の柔らかい部分で急所。この攻撃が通ればほぼほぼ勝ち。しかし、蜘蛛は天井に糸を伸ばした。そのまま糸を収縮させて跳躍。ベテルギウスの攻撃を回避した。


「うわ、上を取られちゃったよ」


 巨大蜘蛛が天井に張り付く。巨大蜘蛛の背後に隠れていたのは……巨大な繭だ。しかも繭の中から人間の顔が出ている。顔立ち的に女性だ。


 天井に張り付いた巨大な蜘蛛はそこから紫色の液体をシャワーのようにして飛ばして来た。


「うわ……」


 ベテルギウスとプロキオンが攻撃を回避する。しかし、小型の蜘蛛には紫色の液体が命中する。その液体が当たった蜘蛛はみるみる内に体が溶けてしまう。これは、まさか毒液か……!


 こ、こいつ……仲間を平気で殺しやがった。なんてやつだ。仲間の命を犠牲にしてもなんとも思ってないのか。これはやばい。やばすぎる。


『プロキオン、ベテルギウス! 撤退だ!』 


 俺は撤退指示を出した。こんなやばい毒液を飛ばすやつとは戦ってられない。


「わかった。ご主人君。プロキオンちゃん、撤退だよ」


「ああ」


 俺たちはこの部屋から抜け出した。大部屋から抜けると巨大な蜘蛛はこれ以上追ってくることはなかった。俺たちはダンジョンを脱出して拠点へと戻った。


「さて、あの巨大な蜘蛛。あいつは危険だな。紫色の毒液に触れたらほぼほぼ死んでしまう」


 俺はメタモルフたちの警備室にて、シリウス、プロキオン、ベテルギウスと共に作戦会議を始めた。


「殿。そんなに毒液が危険なのですか?」


「ああ。このタブレットを見てくれ」


 俺はシリウスにタブレット端末を見せた。撮影用のロボットなので、映像を見ることができる。


 再生される巨大な蜘蛛の挙動。糸を天井に伸ばしてから攻撃を回避、そこから毒液を飛ばすシーンをシリウスが見ている。


「うぬぬ。なんと面妖な技を使うやつ。当たればまず助からないのか」


「天井に逃げたら、プロキオンの弓矢で迎撃すれば良い。そこは問題ないけれど、やはり俺としては仲間に死んで欲しくはない。だから、この毒液の対処法をなんとしてでも考えないと」


 何の対策もしないまま、あの調子で戦っていたら仲間を失っていたかもしれない。そう思うと、あそこでの撤退判断は間違いではなかったと思う。


「対処法は3つ。そもそも毒液に当たらないようにするか、毒液をなんらかの方法で防御するか、毒液に命中してもすぐ様治療するか」


「ん? 殿、治療ですか?」


「ああ。この映像を見る限り、毒液に触れてもすぐに死ぬわけではない。もしかしたら、毒を中和をすれば間に合う可能性がある」


 それも希望的観測だ。俺は科学者でもなければ医者でもない。だから、そんな手法を思いついても実践はできないかな。


 ん? 待てよ。医者? そういえば、アロエとシャクヤクは医学と薬学に詳しいんだっけ。後で相談してみようか。


「まあ、話を戻すけれど、回避して対処する方法。これだけに依存するのは危険だ。実際、ベテルギウスとプロキオンは回避できたわけだけど、絶対に回避できるとは限らない。命中する可能性があるならそれは避けたい」


 メタモルフは素早いから回避性能も高い。あのまま戦っていれば勝ててた可能性はあるけれど、それでも確実に勝ちたい。


「だから、残るのは……毒液を防御できる装備。それをグレムリンに作ってもらう」


 困った時のグレムリン頼りだ。でも、仕方ない。実際のところ、強力な武具を作ってくれるのは、現状だと彼しかいない。


「とまあ、これが戦って解決する方法だ」


「ん? どういうことですか? 殿」


「戦わずして勝つ方法もある。俺が穴掘りを使って、回り道をして巨大蜘蛛がいる地点を通り抜ける方法だ」


「ええ……」


 最早、反則技。これをしてしまったら、何の風情もない。


「というより、1層の床を掘れば2層の好きな地点にワープできる」


「ご主人君。それは流石にやめた方がいいと思うな。一応、ダンジョンは道なりに攻略すればリターンが得られるような作りになっているんだから」


 ベテルギウスに拒否されてしまった。確かに彼女の言う通り、ショートカットをしたら重要なアイテムを取り逃す可能性がある。まあ、それに穴掘りで解決したら色々と反則か。諦めてきちんと攻略しよう。


「それに……巨大蜘蛛に捕らえられている人。あれも気になるな」


 蜘蛛の糸で繭状に拘束されていた女性。彼女を助けるためにも、あの蜘蛛を倒す必要はありそうだ。


「よし。それじゃあ、具体的な方針も決まったことだし、ダンジョン攻略に向けてもう1度準備だ」

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