第6話 平穏崩壊の始まり

 地底暮らしもそこそこ慣れてきた。多少、栄養に偏りはあるものの、なんとか食いつないでいくことが出来ている。リンゴとオレンジの果実は確かに水分含有量が高い。しかし、それは喉の渇きを潤すには程遠くて脱水症状を先送りにする程度だ。きちんとした清潔な水が飲みたい。そう思った俺は再び公園に行くことにした。


 今度はザイの材木から作った水筒を持っていく。不格好ではあるが、水を入れる容器ができたのは大きい。材木を石やドラゴンの骨で削って物を入れる穴を作る。本当に簡易的な水筒だけど、ちびちび飲めば、1週間、2週間は持つだろう。


 俺は再び、深夜帯になるのを見計らって公園の水道のところまで行き、水を飲んで、今度は保管用に水筒に水を入れる。よし、完璧だ。


 できれば、発見した地下水も上手い具合にろ過したり煮沸できたりすればいいんだけど……ろ過には、活性炭が必要だし、炭を作るのも簡単ではないからなあ。煮沸するにも、マキのお陰で火はあるものの耐熱性の容器がない。


 やはり、木材だけでやりくりするのは厳しいものがあるのか。今後の作戦を考えつつ、メタモルフの毛づくろいをしている。


「殿」


 さっきまで気持ち良さそうにしていたメタモルフが急にピクと起きた。


「ん? どうした? メタモルフ」


「人のにおいがします。それもこちらに近づいてくる」


「な、なんだって」


 まさか、俺がここにいることが警察にバレたのか? 確認はしてないけど、俺は死刑囚の脱獄犯。全国で指名手配になってもおかしくはない。


「どうします? 殿。拙者が不埒な輩を仕留めてきますか?」


「待つんだ。メタモルフ。相手が友好的な相手かもしれないだろう。そうしたら、何も命まで奪うことはない」


「では、殿が相手と話をつけてくるということですか?」


 メタモルフの言葉に俺は首を捻った。確かに話をつけられるならそれでいい。しかし、相手の目的が俺の逮捕、拘束だった場合、絶対に見逃してくれるわけがない。自慢じゃないけど、俺は穴を掘れるだけの成人男性。戦闘能力はほとんどない。訓練されている警察が相手なら勝ち目はない。


「ダメだ。俺は顔を晒せない」


 伊藤 大地という人間は人目についてはいけない。だからこそ、こうして地底でこそこそと暮らしているのだ。


「ふむ。では。ここは拙者にお任せあれ」


 そう言うとメタモルフはくるっと前転をする。犬って前転できるんだ……そう思っていると、メタモルフだったものが、筋肉質でスポーティな外見の女性に変わった。


「え? お前変身できたの?」


「御意。メタモルと名を冠しているのに、変身できないわけなかろうかと」


 「Metamorphose」から名前が取ってあるのか。それは知らんかった。ただでさえ強いのに変身能力持っているとか無敵すぎるだろ。


「では、拙者が不埒な輩に話をつけてきますので、殿は隠れてお待ちくださいませ」


「ああ、わかった」


 大丈夫かな。でも、ここはメタモルフの交渉能力に託すしかない。


「ブゥウーン! ブゥウーン! ヘイロー! ウィーツーブ! 本日はぁーダンジョン探索をブゥウーン! するぜーブゥウーン!」


 なんかブンブンうるせえ声が通路の奥から聞こえてくる。その不快な声は段々とこちらに近づいてきている。


「ブゥウーン! ダンジョンダウンジング師のブゥウーン! ヤザワでーす。ブゥウーン!」


 サングラスをかけた陽気な兄ちゃんがこちらにやってきた。兄ちゃんの手にはスマホが握られていて、それで自分を撮影している。なんだこいつ。


「貴様。そこで止まれぇい」


 メタモルフ……いきなり、初対面で貴様呼ばわりはなかろうて……


「ブゥウーン! おぉ! ダンジョン内でぇ、可愛いお姉さんにブゥウーン! 出会ったブゥウーン!」


「ここから先は危険な領域だ。なにせ、ドラゴンをも食い殺す狼が生息しているからな。命が惜しければ引き返せ」


 凄い。嘘は言っていない。その凶悪な狼は目の前にいる。


「ブゥウーン! おお、そんな狼がいたらブゥウーン! ぜひ、配信したいねえ。ブゥウーン!」


 配信……ま、まさか。こいつ配信者か? それもダンジョン配信者。なぜか最近急増している謎の存在だ。ダンジョン内を撮影しているだけなのに急にバズりだしてサクセスストーリーを歩むってやつ。


 だとしたらまずい。配信に俺の顔が映るわけにはいかない。死刑囚、伊藤 大地が地下にいたって知られたら、警察がやってくるに決まっている。そんなの探索者の比じゃないくらい厄介だ。


「なるほど。口で言ってもわからないようだな。では、その身を以って思い知るといい。ハイヤー!」


 メタモルフはダンジョン配信者に掌底を食らわせた。サングラスが弾き飛ばされて配信者が尻もちをついてしまう。その衝撃で配信者のリュックがずり落ちて地面に落っこちた。


「ひ、ひい。なんなんだ。ブゥウーン! このお姉さんブゥウーン! 強すぎブゥウーン!」


「もう1度警告させてもらう。立ち去れ。出ないと狼の餌食になるだろう」


「ブゥウーン!」


 配信者は逃げ出した。一体なんだったんだ。


「殿。外敵を追い払いました。褒めてくれても構わぬのですよ?」


「ああ。よくやった。メタモルフ。えらいぞ」


「へへー」


 メタモルフが再び全身をして、元のもふもふの狼に戻った。良かった。このままずっと人間の女性の形態のままだったらどうしようかと思った。流石にこんな密室で人間の姿をした女性と暮らすのは色々と気を遣ってしまう。


「それにしても、あの配信者が落としたリュック。何が入っているんだ? ちょっと中身を見てみよう」


 配信者の持ち物はかなり助かるものばかりだった。水入りの未開封のペットボトル3本。折り畳み傘。ビニールシート。タコ糸。活性炭。ライター。缶詰。レトルト食品。アルミ製の鍋。メモ帳と筆記用具。携帯トイレ。サバイバルのガイドブック。ハンカチ。ポケットティッシュ。


「おお、文明の利器がこんなに沢山。こりゃ儲けたねえ」


 他人の遺失物を勝手に自分のものにするのは犯罪だとわかっている。しかし、俺は既に死刑囚の身。これ以上前科がついてもかすり傷にもならない。


「ふう。こんなにお宝くれるんだったら、毎秒でも探索者に来て欲しいところだけどねえ」


「あはは。いいですねえ。それ。その度に拙者が追い返して荷物を強奪してやりましょう」


「「ははははは」」



【悲報】ダンジョン配信者のヤザワ。見知らぬ女に速攻で負ける。


1 名無しの探索者

なお、ダンジョン内にはこの女より強い狼がいる模様


2 名無しの探索者

ヤザワって誰だよ


3 名無しの探索者

ヤザワをご存知ない!?


4 名無しの探索者

え? ヤザワって確かBランクの探索者じゃなかったっけ?

それを瞬殺するってやば……


5 名無しの探索者

Bランクじゃないよ。先月Aランクに昇格した

だから、ヤザワを倒した女のヤバさが際立つ


6 名無しの探索者

知らない人のために解説


ヤザワ(ダンジョン探索者)とは、日本のウィーツーバーである。登録者は120万人。[1]

21歳の時にコンビニバイトをしながら、ダンジョン探索者として活動を開始。当初は再生数、同時接続者数が伸びなかったものの、ダンジョンダウジング配信を始めてから人気に火が付いた。

未発見のダンジョンを探し当てるプロでこれまで5つの新しいダンジョンを発見している。また、探索者としての戦闘力も高く、20XX年X月X日にAランクに昇格した。[2]


7 名無しの探索者

サンキューウィキペデュア


8 名無しの探索者

え? つまり、ヤザワですら踏破できなかったダンジョンを攻略できればダンジョン配信者として人気が出るってコト!?


9 名無しの探索者

それはガチであるな。多くの配信者が有名になりたくて、例のダンジョンを攻略配信するって公言しているし

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