第4話 ドラゴンの肉は美味しいなあ

 無事にダンジョンから脱出した俺とマキとドンは巨大な体躯のドラゴンを拠点へと持ち込もうとした……しかし、そもそも穴は人間が通れるくらいのスペースしかないので、尻尾だけを切って持ち帰った。メタモルフは自分の牙でドラゴンをダンジョン内で解体している。拠点の場所は教えずとも俺のにおいを辿れば辿りつけると言っていたので、後で合流できると思う。


「おお、みんな帰って来たか良かったな! おかえり!」


 リンが真っ先に出迎えてくれた。他のみんなは目を閉じている。


「他のみんなは眠っているみたいだな」


「ああ。そうだなあ。眠っている方が早く成長するからな。交代で1体だけ見張りを用意して他は眠ることにしたんだ」


「それは随分と効率的だな」


 交代で休むという概念ではなく、交代で見張る(働く)という概念。人間社会にも適応して欲しいところだな。まあ、逮捕された時点でクビを切られた俺には関係ないか。


「マキの右腕だったものも燃え尽きてしまったな。ドラゴンの尻尾を焼いて食おうかと思ったけど、仕方ない」


「あ、大丈夫ですよ。ご主人様。はい」


 マキはためらうことなく左腕を俺に差し出して来た。そんなことしたら逆に俺が戸惑うわ。


「お、おう……」


 これで最後の燃料。それを思いきり強く擦りつける。そして、最後の火。マキの腕が再生するまで燃料なしの生活が続くのか。


 俺は換気用の穴を掘ったところの地点の近くまで通路を通って戻った。穴は塞がれていない。あまり人通りがない場所に開けられたのは幸運だった。さて、これから、焼き肉を開始する。


 穴掘り中に出てきた尖った石。切るには向かないけど、ドラゴンの肉を削ぐ程度はできるはずだ。これでドラゴンの肉を削いでから火で炙っていく。


 肉が焼ける臭いがする。煙が換気用の穴から出る。ほとんど密閉された拠点ではこうしたこともできないからな。


 しっかりと中まで火が通ったことを確認し、俺はドラゴンの肉を口に含んだ。


「……まあ、こんなものか」


 確かにドラゴン特有のちょっと硬めの肉質の食感やパサパサとした鶏肉っぽい感じがする。でも、旨味成分は凝縮されていて牛や豚や鳥とは遜色ないほどの味はあるはずだ。


 でもな。この環境にはないんだよ。調味料が。


 タレもなければ塩もない。焼いた肉をそのまま食わずに味付けしてから食う現代人生活に慣れた俺。いくら空腹でも、ドラゴンの肉が想像を絶する美味さになるかと言うと……そうはならない。これが現実。


「まあ、確かに肉単体では美味いんだけどな。物足りねえ。しかも口の中パッサパサだよ」


 正直言って俺は今かなり喉が渇いている。なにせ、脱獄前に十分水を飲んだはずではあるが、それから水を飲んでいない。地中の水分を根から吸えるドライアッドと違って俺は人間だから水分補給もできない。


 水源を確保しなきゃマジで死ぬ。こうなったら、危険を覚悟で地上に出てみるか? 地上ならば公園の水道とかでタダで水を確保できるものもあるし。


 そう思って俺は換気用に開けた穴を広げてみた。光が差し込む。現在の時刻は夜ではない。俺の頭が出るくらい穴を広げる。


 地上に顔を出してみた。ここがどこか。それによって、今後の行動が変わる。俺が顔を出したら、そこは林の中だった。


 幸い周囲には人がいない。ふう。それなら一旦は地上に出ても大丈夫か……? そう判断したが、俺の警戒心が高まった。子供の声がする。俺は恐る恐る声がする方向に目をやる。


 そこにあったのは公園。なるほど。ここは公園の近くにありがちな人工林ってところか。よく目を凝らしてみると水道が見える。つまり……人がいなくなった頃合いを見計らえば、水の確保は容易ってことだ。なるほど。これは良い情報を手に入れた。


 だが、この大きさの穴は維持できないな。俺は穴を埋めて再び換気に十分が程度の大きさにした。不自然にならない程度の穴。


 なにせ俺は脱獄犯だ。絶対に見つかるわけにはいかない。深夜。それまで待つんだ。絶対に人に見つからない。いや、見つかってもお互いの顔がよく見えないような暗さが良い。そうなったら、すぐにこの穴から出て水を飲んで戻る。そうしよう。


 水源の確保ができるとわかった俺は……ドラゴンの肉を削いで炙って食べ始めた。こうなってしまってはパッサパサは別に怖くない。それよりも空腹を抑える方が重要だ。


 ドラゴンの尻尾を平らげた俺は火を消して静かに待った。換気用の穴から差し込む僅かな光。それが消えるまでじっと待つ。いや、消えてからも油断ならない。そこから体感で数時間待って深夜帯になった時に外に出るんだ。


 換気用の穴からの光が徐々に弱くなり、消えた。耳を良く澄ませる。地上の音がわずかに聞こえる。近くの道路を車が走る音。それが聞こえなくなってきた頃合いをはかるんだ。まだ……まだ……


 喉の渇きも限界になってきた頃、外が無音の世界になった。よし。穴を広げるぞ。


 俺は再び顔を出す。周囲に人の気配なし。公園には誰もいない。水道の位置確認よし。俺はそっと水道まで歩いて近づく。そして、水道に辿り着いて……水を飲んだ。


 美味い。美味すぎる。ただの水道水なのにこんなに美味いなんて。俺は満足するまで水道水を飲んだ。そして、すぐにまた地下の穴へと潜った。あまり公園に長居するのもリスクが高い。なにせ、この現代日本。どこに監視カメラがあるかわかったものじゃない。地上に長くいるということは、それだけ監視カメラに顔が映りこむ危険性があるということだ。


 本音を言えば、公園内に落ちているゴミ。それも拾いたかった。ビニールでも空のペットボトルでも良い。普段は使えないものでも、サバイバル生活では貴重な道具だ。


 でも、深夜にゴミを拾って回収する人間なんて怪しすぎる。俺はあくまでも水を飲みに来ただけ。そのていで再び穴に潜った。そして、穴を完全に埋めた。


 ドライアッドが拠点で光合成をしているならば、もう酸素の確保は十分である。換気の必要性はそこまでない。


 問題は、俺がこの穴に潜った瞬間を誰かに見られたり撮影されている可能性があることだ。穴を掘って俺を追跡されたらそこで全てが終わる。だから、穴も通路も塞ぐ。穴を掘っても何も出ない状況を作るんだ。


 そうすれば、必要以上に穴を掘るなんてことはしないだろう。掘った地点から何も出なければ、そこをそれ以上掘り進める理由もなくなる。


 よし、これくらい埋めればいいか。後はここに目印として、ドラゴンの尻尾の骨をぶっ刺しておこう。ここを掘ればまた水道がある公園に出ることができる……まあ、リスクを考えればこれ以上利用しないで済む方法を考えた方がいいけど。


 水分補給を済ませた俺は拠点へと戻った。拠点に戻るとそこにいたのは……成人女性ほどの大きさに成長したドライアッドたちの姿だった。


「ご主人様おかえりなさいませ」


「マ、マキ? これはどういうことだ?」


「ドラゴンの死骸を分解して得た栄養を吸収したらこんなに大きくなりました」


「え?」


 拠点の隅に目をやると丸まっているメタモルフの姿があった。


「殿。ご無事でしたか。ドラゴンを解体してその死骸を地面に埋めたら、みんなの成長速度がこんなに早くなりもうした。ふふふ、これも拙者の功績ですな」


 リンやアボの方に目をやる。見事にリンゴやアボカドを結実している。リンゴは水分量が多い果実。それがあるだけで生存率はかなり変わるはずだ。


「でかした! メタモルフ!」


「えへへへへ」


 このサバイバルの難局を乗り越えたかもしれない。水分さえ確保できればこっちのもんよ。

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