第113話 過去の選択

 〘妬く? お前がか?〙


予想だにしなかった発言に翔吾は次の言葉が出てこない。


〘何、鳩が豆鉄砲食らったようなかおしてるんだ〙


エリックはワインセラーから一本取り出すとコルク栓を抜き始めた。

自分の事を滅多に口にしない彼が、この世で一番弱みを見せたくない男に恥ずかしい一面を曝露してしまい、格好がつかない様だ。


決まりの悪さに、ワインを開けることで誤魔化し、注いだグラスの片方を翔吾の前に置いた。


いつも飄々としているエリックが嫉妬など考えたことも無かった。


初めて会った頃のエリックはチャラチャラして真古都に絡む嫌なヤツだった。


それもそのはずで、エリックは俺と真古都を引き離す為に雇われた男だったから。

あの頃、大手美術商と販売契約をしていた。

その孫娘が雇い主だった。

自分の価値観を押し付けてくる嫌な女。


女を相手に商売していただけあってエリックはやる事がいつもスマートだ。

言葉巧みで女の扱いが上手い。


〘あんまりジロジロ見るな!気色悪い!〙


エリックは体裁が悪いのか、グラスのワインを一気に飲み干した。



俺がこれからの時間を一緒に過ごしたいと願った女が真古都だ。この病院で再会した時はちょうどこの男が別の女と結婚話しが出ている時だった。


彼女がコイツとの別れを選択してからは毎日自分を責めながら泣いてばかりいた。

あれ程酷く彼女を悲しませるこの男が憎らしくて堪らなかった。


やっと落ち着いた頃、俺は彼女を誘って外で作っていった弁当を広げてランチにした。

やっと笑う余裕の出てきた彼女に初めて口づけをしたんだ…


傷心の彼女につけ込んだのかもしれない。

躊躇う彼女を半場強引に抱いた時、涙を落としてコイツの名前を呼んでた。

あの時、絶対この男だけには負けたくないと思った。


苦汁の選択をした彼女に、これからは俺がずっと傍にいてやろうと決めた。


それなのに…

事もあろうにその後コイツは彼女へプロポーズしに来やがった。


俺は彼女と別れたくなかった。

たとえこの男が忘れられなくてもいいから傍にいて欲しかった。


ところが俺は恨みをかった男に刺されて車椅子の生活を余儀なくされた。

それが無ければこの男に真古都を渡したりしなかった。


この男は…真古都のお腹に俺の子がいると判っても彼女を受け入れた。


そんな男だから…俺は真古都の幸せをこの男に託したんだ。

 

車椅子になった俺では彼女を護れない。



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