第110話 昔話

 〘あれっ?エリック?〙


真古都がキッチンに入ると、先に料理の準備をしている人がいた。エリックだ。


〘もう、朝食くらいわたしが準備するのに〙

エリックに近づいて話しかけた。


〘昨夜は翔くんと遅くまで飲んでたんでしょ?少しはゆっくりすればいいのに…〙

いつもの事だとは思っていてもつい言ってしまう。


〘皆んなが来てくれて嬉しいからいいのさ〙

エリックは野菜の皮を剥きながら笑顔で答える。


〘もう…しょうがないなぁ…〙

真古都は困ったように笑うと、エリックの隣に座り一緒に皮剥きをする。


久しぶりの二人の時間だ。

エリックの胸に愛しさが込み上げる。


〘一緒に連れてきた赤ん坊…数真が引き取ったんだって?〙

気持ちを誤魔化すため話しを始める。


〘そうなの、びっくりでしょ?〙


〘血に拘らないのは翔吾を見て育っているからだろう〙


エリックが当たり前のように答える。


そもそも、翔吾が自分の血筋に拘る男ならば最初から真古都との結婚は無理だ。

しかし、一人ならまだしも二人目も違う男の子どもなのを承知で結婚するとは…


懐の広さもさることながら、真古都への執着ぶりが窺えると云うものだ。

それでも毎年会いに来てくれる様子から皆、真っ直ぐに育っているのを見るとおそらく子どもたちにとって良き父親なのだろう。


料理を作るのは遠くまで来てくれた皆んなへの饗しもあるが、キッチンに立つ真古都と二人で話しが出来る貴重な時間だからでもある。


〘やっぱりエリックは手際がいいね〙


朝食の準備が粗方終わると真古都はエリックに笑顔を向ける。


〘真古都、翔真を産んでくれてありがとう〙

隣で座っている彼女を見つめる。


〘やだな…あらたまってどうしたの〙

エリックの言葉に少し含羞んで訊いた。


〘俺は自分が父親になるなんて考えもしなかった。あんなにいい子に育ててくれた翔吾にも感謝しかないが、君が産んでくれたから俺は自分の息子に会うことが出来たんだ〙


〘なんだかんだ言って、翔真はエリックのことが好きだものね〙


〘俺は…父親らしいことは翔吾に任せきりで何一つしてやってないのにな〙

過去の自分を振り返り、エリックが寂しげに呟いた。


〘そんなことないよ。翔真がエリックを大事に思っているのがいい証拠じゃない〙


真古都が力を込めて言ってくれる。


〘ありがとう〙


エリックは真古都の頬にそっと口づけをする。含羞む彼女が愛おしい。


〘真古都…〙


エリックは彼女を引き寄せ顔を近づける…



パンッ!パンッ!

〘そこまでだ!〙

手を叩いて制止する声が聞こえる。


〘チッ!良いところだったのに!〙


〘全く油断も隙もないな!真古都は俺の嫁さんだぞ!〙


エリックから真古都を引きはがし自分の方へ引き寄せて言った。


〘何言ってる!俺の恋人でもある!〙


〘ふんっ!寝言はベッドの中だけにしろ〙

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