第91話 手術に向けて

 検査以外はずっと数くんが傍にいてくれた。


【愛する妻のためにドナーになった王子様】

小児病棟の女の子は数くんをそんなふうに呼んでいた。


〘螢ちゃん、いいなぁ~王子様のお嫁さんになれて…〙

アイリスと云う10歳の女の子は王子様のような数くんが大好きで、彼に会いたくて毎日のようにわたしの病室に来ている。


〘別に王子様だから結婚した訳じゃないよ。でも、結婚式の時は本当の王子様みたいだったなぁ〙

アイリスがあんまり数くんのことを王子様って呼ぶから結婚式を思い出してしまった。


〘なんだアイリス、また来てるのか〙


数くんが病室に入って来てアイリスに声をかける。


〘だって~数くんのところ行ってもお部屋入れてくれないでしょ?〙

アイリスは頭側のベッドを上げて躰を起こしている螢の足の部分へ自分の上半身を乗せて不貞腐れた顔をする。


「螢、天気が良いから少し散歩しないか」

俺は螢を誘う。


〘もうっ!日本語使ったらアイリス判らないよぉ!〙

またまたアイリスが拗ねる。今度は頬まで膨らませた顔だ。


〘ごめん、ごめん…天気が

良いから散歩に誘ったんだよ。明日は手術だから…〙

彼女の頭を撫でてやると機嫌がなおったようでいつもの可愛い笑顔に戻っている。


〘アイリスも一緒に行く?〙

螢が優しく声をかける。

俺はベッドから降りる螢の手を取ると、彼女の躰へカーディガンを羽織る。


『い〜なぁ…』

アイリスも素敵な恋を夢見る年頃。

病院で偶々仲良くなったお姉さんの旦那様がとびきりイケメンの王子様とあっては憧れるのも無理はない。


しかも彼は顔だけじゃない。

いつでも彼女に優しい言葉をかけ、気遣いを示す。


フランスの女の子は家族から、それこそお姫様のように扱われて育てられるのが一般的。

アイリスも例外なく、家族から大事に育てられた。


『わたしもあんな素敵なボーイフレンドがいたらいいのに…』


アイリスが不思議だったのは二人がお互いを好きな理由。


〈螢は俺の気持ちを考えてくれる優しいヤツなんだ〉

〈数くんはわたしが困ってるの直ぐ判るみたいでいつも助けてくれる優しい人なの〉


しかも彼に至っては彼女の赤毛を夕焼け色と呼び、無数の雀卵斑を星空のようだと形容する。


〘お散歩までついて行ったらそれこそお邪魔虫だもん。そろそろ友だちが来るから病室に戻るわ〙

アイリスは二人に笑顔を向けて戻っていった。



中庭に出ると少し風があたり、とても明日手術とは思えない。


木陰になっているベンチに二人で座る。

俺はその間もずっと螢の手を握っていた。


手術前に俺も色々な検査を受ける。

その中にカウンセリングもあり、手術に対しての話し合いを何度も行う。

手術後に後悔をする人や、そのために精神を患う人もいるからである。


「数くんは怖くないの?」

螢が俺を見上げて訊く。

俺はそんな螢の顔に近づき見つめた。


「怖いよ…お腹を切るんだから誰だって怖いだろ?」

俺はわざとふざけた感じで答えた。


「だけど…そんな怖さより、俺の腎臓がお前を元気に出来るならなんてことない。

螢には今まで出来なかった事をたくさんして欲しい。お前を幸せに出来るなら、それを一緒に享受していきたい」


泣き虫で小心者な螢が手術を前に怖がっているだろうと、なんとかその気持ちを軽くしてやりたかった。


「大丈夫だ螢、なんたってお前の中に入るのは俺の腎臓なんだから!」


俺は長いキスをして彼女を勇気づけた。



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