第92話 永訣の朝
いつもより早く目が覚めた。
今日はずっと待っていた手術の日だ。
俺はベッドの中で下腹部を何度か手のひらで撫で、自分の腎臓の位置を確かめる。
俺の中で一緒に成長して来た腎臓とのお別れだ。俺の中で生きているこの腎臓が今日螢の躰に移る。
俺は丈夫な躰で産んで育ててくれた両親に感謝した。健康だから、俺の腎臓を螢にあげられる。
螢、もう少し頑張ってくれ。
手術が無事に済んだらきっと楽しいことも増える。
俺は自分のベッドから出て、螢の病室に向かった。
〘数真早いわね。お散歩?〙
途中会った看護師が笑顔を見せる。
〘手術の後は暫く螢に逢えないから顔を見てくるんだ〙
それを訊いた看護師から冷やかされるが構わない。
彼女の病室に入りベッドに近づく。
よく眠っている螢がいる。
真っ白で本当に白雪姫みたいだ。
俺の…大事なお姫様…
暫くすると薄っすらと眼を開けて俺を見る。
「いつからいたの?」
「ん~~30分くらいかな」
枕元に顔を寄せて言う俺に螢は呆れている。
「しょうがない旦那様だなぁ」
「いいんだよ、今日は永訣の朝だから」
俺の言っている意味が判らず螢は首を傾げて呟いた。
「【永訣の朝】って宮沢賢治の詩だよね?」
「そうだよ」
螢は益々判らない顔をする。
「今日、手術が終わったら今までの螢はもういないんだよ」
俺は螢の顔を撫で話しかける。
「今までの螢とサヨナラする朝なんだよ。
今度目が覚めたら螢は生まれ変わってるから…安心して手術を受けて」
「数くん…」
昨夜はやっぱり中々寝付けなかった。
手術は怖い…
お腹を切ることも怖いけど、病気でもないのに、痛い思いをしてわたしに腎臓をくれて…もしうまく機能しなかったら…
拒絶反応が酷くてダメになったら…
そんな事ばかり考えてしまう…
数くんだって手術で大変なのにわたしの事ばかり考えて…
傍にいて優しくしてくれる…
わたしは凄く幸せだ…
これからもずっと数くんと一緒に過ごしていきたい。
大好きな数くんと生きていきたい。
私だけの…素敵な王子様…
俺と螢は看護師の人が手術の迎えに来るまで二人で色々な話をする。
退院したら何を食べようかとか
どこに行こうかとか…
他愛もない話だけどお互いに握りあった手の温もりに、これから受ける手術への緊張が少しでも軽くなるように。
8時、病室に迎えに来た看護師たちから散々揶揄われ、俺たちは手術室に向かう。
「螢またな、隣同士の手術室たから怖くないぞ」
「うん」
〘ご主人なんて言ったの?〙
若い看護師さんが訊いてきた。
〘手術室は隣同士だから怖くないぞ…って〙
わたしはちょっと恥ずかしかったけど看護師さんに答えた。
〘あ〜、螢のご主人は本当に螢が大好きなのね~ホント羨ましい!〙
大丈夫、数くんがついていてくれる。
わたしも手術前の準備を済ませ奥の手術室へ入って行く。
〘そろそろご主人の手術が始まったわね。螢も頑張りましょうね〙
私より早く執刀が始まる。
数くんの手術が無事に終わりますように…
時間になり、わたしにも麻酔がかけられる。
看護師さんが親指を立てて応援してくれた。
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