第89話 父と母

 「タマモ、たかい、たかぁ〜い」

タマモがキャッキャッと声を上げながら喜んでいる。


螢が昼食の用意をしている間、俺の仕事はタマモの相手だ。


「あ〜、あ〜」


にこにここれでもかって笑顔を見せてくれる。こんなふうに、休みの日にゆっくり子どもと遊べる時間が俺は好きだ。


普段の日は仕事もあるし、帰ってきても食事とお風呂が済んだらもう寝る時間だ。

ゆっくり遊んでやれない…


そんな俺を螢は「数くんはいいお父さんだよ」って言ってくれる…


螢の父親も、俺の父親も、家族第一だ。

何よりも家族を大事にする。

俺にはいい見本の父親が二人もいるから有り難い。



玄関の鐘が鳴る。螢がパタパタと早足で玄関に向かう足音が聞こえる。

玄関から聞き慣れた声が訊こえ螢と一緒に部屋へ入って来た。


「母さん、大丈夫?疲れたでしょ?」


俺はタマモを抱いたまま近づいて挨拶する。


「翔くんが一緒だから大丈夫よ」


母さんは笑顔を見せてタマモを俺から受け取ると、自分が抱いて螢の勧めたソファに座った。


俺が玄関を出ると、父さんが車から荷物を降ろしている最中だった。


「父さん手伝うよ」

「おう」


俺は父さんが車から降ろした荷物を家の中へ運び、両親のために空けた部屋へと移していく。


1か月後に俺たちは腎臓移植の手術をする。

両親はそのためにわざわざ日本から来てくれたのだ。 


「螢は当然だが、お前も躰に負担をかけないようにしろよ」

「判ってるよ」


俺は手術の2週間前から休みを取ってる。

それまで、俺のいない昼間は父さんと母さんが家の事を色々とやってくれてる。


父さんは家の修理もしてくれた。

外側の塀、壁や内装、屋根…

日本にある画廊も、最初は古民家を父さんが自分で手直ししたと訊いた事がある。


大概の事なら、何でも自分でやってしまう父さんを小さい頃は憧れの眼差しで見つめ、その気持ちは今も変わらず、父さんをひとりの男として尊敬してる。


螢は母さんから料理やお菓子を習っている。

元々中学に上がるまでは一緒に生活してたから、それまでは母さんが螢に色々教えていた。

母さんは俺と螢を分け隔てなく育ててくれた。それは父さんも一緒だ。


螢にとって母親は、自分を捨てた実の母ではなく、俺の母さんが螢にとっても母親だ。


“翔吾くん” “真古ちゃん” と名前呼びなのは一緒に生活してた時の名残りだったが、俺と結婚して呼び方が変わった。


“お母さん、マモちゃんお願いします”

“お父さん、お茶にしましょう”


そんな螢をこれまで以上に二人とも可愛がっている。


「明日からは俺も当分仕事は休みだから螢の傍にいてやれるな」


「ありがとう数くん…お父さんとお母さんにも凄くよくしてもらってるの。入院の準備もしてくれたよ」


父さんと母さんが来てからは、毎日楽しいらしく、その日にあった事を夜色々話してくれる。


「折角来てくれてるんだ。どんどん甘えればいいよ」

「うん!」


二人が来てくれたお陰で、螢の手術に対する不安も軽くなってるみたいだ。


俺は両親に感謝し、愛しい嫁さんの躰を抱き寄せて眠った。

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