第87話 憧れの人

 俺は絵がうまいと思ってた。

学校の先生も褒めてくれたし、何度も賞を取ったこともある。

だから天狗になってたんだ。


俺の夢は画家になること。

《ちょっとうまいくらいでいい気になるな!画家なんて才能のある人がなるんだ!》

そう言って両親はバカにしてた。


でも俺は絵が好きなのは本当だったし、何より目標としている画家がいた。


日本の若手画家だけど、初めてこの人の絵を見た時心臓がギュッとなる様な感動で言葉が出なかった。優しくて繊細。それでいて力強さを感じる。


その人の絵を何度も模写するけど中々気に入ったものが描けない。


その先生は自分の画廊でプロ、アマを問わず絵の売買をしている事を知った。


俺は早速そこの会員になった。


別に絵が欲しかったわけじゃない。

会員になっていれば先生の新作がいち早く見れると思ったからだ。


俺は会員用のお知らせメールで、先生が個展を開くことを知った。

3日間の限定だ。

会員になっていて良かった!


ちょうど冬休みに入ったところだったから、開館から閉館まで、3日間ずっと通い、実物を目の前に模写をしまくった。


初めて本物の先生の絵を見た。

なんとも言えない想いが胸を過ぎる。


色使い、筆のタッチ、細かな仕上げ…

どれをとっても俺には溜息の出ることばかりだった。


この先生みたいないい絵が描きたい。

俺はそれだけを思って夢中で模写をした。


最終日のそろそろ閉館の時間が迫った頃、俺に話しかけてきた男がいた。


「なんで模写なんかしてるんだ」


模写なんて基本じゃないか…!


「この先生の絵が好きだからだよ!

俺もこの先生みたいに絵が上手くなりたいんだ!」


俺は言ってやった。

伸ばしっぱなしの長い髪。

いつから生やしているのか判らない髭。

なんて怪しい男だ!


ところがこの男が俺の絵を見ながら表情も変えずに言いやがった。


「画家になりたければ模写は止めて自分の絵を描け…上手い下手じゃない…

自分の絵を描くんだ…」


自分のして来たことを全て批判された様で俺は悔しかった。

なんでこんなどこの誰かも判らないヤツからこんな失礼なことを言われなきゃならないんだ!


お前に何が判る!

俺は腹の虫がおさまらなくて、まだ近くにいないか捜すと、受付の横に座っていた。


俺は傍まで行って文句を言った。

「なんでお前みたいな男にそんな事言われなくちゃいけないんだよ!

俺は俺より上手いヤツの言葉しか信用しない!」

当然だ!

下手なヤツから言われても説得力ないだろ!


ところがちょうどスタッフルームから人が出てきてこの男に話しかけてる。


「おい、瀬戸!

絵の依頼が結構来てるから目ぐらい通しとけ!」


上から目線の物言いだけど…瀬戸?

えっ? 瀬戸?!

まさか瀬戸翔吾先生?!

俺は尊敬する先生になんて失礼なこと言ったんだ!


「あ…あの…俺…いや…僕…知らなくて…」

なんて言って良いのか判らなかった。

俺は絶対怒られると思った。


それなのに先生は、新しいスケッチブックにわざわざメッセージとサインを入れ俺に渡してくれた。


「まあ、そう云う事だ…自分の絵を描け」


その言葉が耳から離れない。

俺はこんな素晴らしい先生に認めてもらえる絵を描こうと思った。


なんとか親を説得して、高校を卒業と同時に先生のお宅へ弟子入りさせてもらった。


先生も奥様も、担当者の人も、凄く良い人たちだった。


お陰で俺は先生の下で勉強させてもらい、晴れて念願の画家になることが出来た。

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