第86話 浅桐 楓

 「俺が面倒見ます!」


螢の腎臓移植が現実的な話しになり、ドナーは本人の希望もあって数真に決まった。


フランスでは数真も移植前の検査を受けるなど準備が進められた。数真の家ではタマモの世話もあり、手術の前からフランスに渡ることになった。


翔真と吾古は手術が近くなってからフランスに行く。螢の家は父親とキラがやはり手術に合わせて行きたいが小さい子どもたちをどうするか迷った。


「任せてください。留守の間は俺が見てますから」


そう言って胸を叩いたのは浅桐楓あさぎりかえでだった。



この男は高校を卒業すると、翔吾のところへお仕掛けてきた。


「俺は自分の絵を描けと言われたから、あれ以来模写を止めて自分の描きたいものを描いてきた。先生!弟子にしてください!」


そう、彼は翔吾が初めて個展を開いた時、夢中で模写をしていたのを翔吾に止められた少年だ。


あの時、翔吾からもらったスケッチブックを大事に持っていた。

【納得いく絵が描けたら見せに来い 瀬戸翔吾】

メッセージと一緒にサインを入れたスケッチブックだ。


「俺は弟子などとらない」そう断る翔吾に対し、それ以来自称弟子と自分で言い画廊に居着いてしまったのである。


今では自分の絵でなんとか生計が立てられるほどになっている立派な画家だが、翔吾を慕ってまだ弟子の気分でいる。


確かに、この男なら子どもたちのこともよく判っている。

慣れない家政婦に来られるよりはずっと安心だ。


「お前仕事は?」


翔吾が訊いた。


「俺、今絵本の挿絵だけなんで、時間はたっぷりあるんです」


「どうする翔吾」


螢の父親が翔吾を見て口を開く。


「どうするも…見てもらうのは先輩の家のチビたちですよ?先輩はいいんですか?」


「まあ、ウチは基本自分の事は皆んな自分で出来るからな…さほど手はかからないだろうから一緒に居てくれると助かる」


「じゃあ、決まりだな。俺たちがいない間悪いが楓頼む」


「大丈夫です先生!子どもたちも懐いてくれてますし、安心して行ってきてください」


楓は次の日からまた画廊に寝泊まりし、子どもたちの世話を始めた。

これには螢の父親もキラもびっくりしたが、

「何かあったら任せてくれた先生の顔を潰すことになりますから今から頑張ります!」

そう答えた。


後は、何としても螢の手術が成功するよう祈るだけとなった。


手術さえ成功してくれれば…きっと数真が螢を幸せにしてくれる。

親たちの思いは皆んな一緒だった。


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