第77話 理想と現実

 〘それじゃあ俺たちも行こうか〙

セルシオは連れの女性に声をかけ歩き出した。


彼女の名前はメリッサ。彼が営業で出向いた先で知り合った女性だ。

美人でスタイルも抜群な彼女を連れて歩くのは気分が良かった。

しかし、その分金もかかる女だった。


それでも、いい女を自分のものにしている高揚感が金銭感覚を麻痺させ、いい女には金がかかるものと、彼女のために惜しみなく金を使った。


そんな現実に疑問を持ち始めたのは、彼女に高い宝石を強請られた挙げ句、日々の食費に困り、終には後輩の細君に弁当を作って貰うようになってからだった。


毎日日本食の弁当を持ってきているのは何度かランチが一緒になり知っていた。

ひと口食べた味は悪くなかった。

これならばと、先輩風を吹かせ頼み込んだ。


その月を安くしのげればそれで良かった。

初めから日本食に期待などしてなかった。


ところが毎日作られてくる弁当に目を見張った。


自分が彼女と行くレストランの料理にある派手さはないものの、毎日丁寧に詰められてくる料理に、都合よく作らせてる自分が恥ずかしくなった。


彼女が俺に求めてくるものはいつも金のかかるものばかりだが、彼女は俺のために何をくれた?

月に何度かベッドを共にするだけだ。


それに引換え、後輩の細君は夫のために、夫の同僚のために、毎日朝早くから弁当を作ってくれる。


俺が自分の気持ちにケリをつける切っ掛けになったのは、後輩の細君は持病を抱えていて無理の出来ない躰だと知った時だった。


そんな躰で毎日2人分の弁当を作っていたなんて…

“美味しい”と言われたのが嬉しかったからだと…

ただそれだけのことのために…


後輩の細君はどこにでもいるような平凡な女だった。真っ赤な緋色の髪と、顔中ある雀卵斑が色白の顔に目立っている。

多分、今までの俺なら絶対一緒に歩きたくない女のうちのひとりだっただろう…


後輩は憎らしい程顔のいい男だ。

きっとその気になれば、どんないい女にも困らないだろう。それをあの男は雀卵斑塗れの赤毛を溺愛している。 


あの女のどこがそんなにいいのか訊いたことがあるが、〘螢は小さい頃からずっと優しかった。だから大きくなったら今度は自分が彼女を護っていこうと決めていた〙と、当たり前のように言われた。


しかも見ず知らずの子どもを引き取っている。


後輩の家に行くと二人で当たり前のように子育てをし、夕食に誘ってくれる。居心地の良い家。

雀卵斑塗れの顔も、可愛いと思える自分がいた。



〘メリッサ、俺たち終わりにしよう〙

俺は彼女に切り出した。


〘どうしていきなり別れる気になったの?あのみっともない雀卵斑女がいいの?わたしより?〙


〘そうだな…君からは到底貰えないものを彼女からは色々貰ったよ。居心地の良い時間や安らぎをね〙


彼女は顔を歪ませて俺を睨んだ。

なんで俺はこんな女を好きだったんだろうか。


俺もいつか、後輩の細君のように優しくて、思いやりのある、夫や子どものために笑顔でいてくれる、そんな女性と家庭を持ちたいと思った。

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