第71話 父親の気持ち

 「先輩そろそろ時間ですよ」


翔吾が辻宮に声をかけると、ゆっくり立ち上がった。


「邪魔したな…」


ここ最近、先輩は真っ直ぐ家に帰らずウチで時間を潰していく。

家に帰って螢と数真を見るのが嫌なのだそうだ。



「何訳の分からない事言ってるんですか」


俺が先輩にそう言うと、向きになって噛みつかれた。


「おい翔吾!ひとをバカにして見てるが、お前も直に判るからな!

吾古に彼氏でも出来て、そのうちその男と結婚すると言い出してみろ、その時のお前の慌てぶりが目に浮かぶよ!」


「ふざけた事を言わないでくださいよ!」


「何言ってる、お前みたいに家族を溺愛してるヤツが落ち着いてる訳ないだろ!」


「ほっといてください!」


ここ何日か、毎回同じ様な話しを二人は繰り返している。


「まさかな…俺が抱っこしてあやしてやった数真が…大事な螢を掻っ浚っていくとはな…」


「人聞きの悪い事言わないでください」


「大体、小さい時から螢の傍を離れなかったもんな…」


「仲が良かっただけです」


「一体数真のどこが良いんだ」


ひとの息子を愚弄するのはやめてください」


「お父さんみたいな人と結婚するって言ってたのにな…」


「……先輩ほどじゃありませんが…数真も螢を大事に思ってます」


大体この辺で話しは終わる。



「先輩…帰ったの?」


風呂から上がってきた真古都が訊いた。


「ああ…」


「あんなに螢ちゃんのこと大事にしてたんだもん」


「まあ、ウチは嫁にもらう方だからな…

と言っても、小さい時から姉弟同然だったから変わったことはないが…」


「そんな螢ちゃんだから…数真くんのお嫁さんになってくれて嬉しい」


真古都にプロポーズをする決心をした時、自分の絵本を貸すと言ってくれた。


真古都と結婚することが決まった時、「やっぱり翔吾くんのお嫁さんは真古ちゃんじゃなきゃダメだよ」とも言ってくれた。


そんな娘同然に育てた螢が結婚する…


自分も寂しいのか、嬉しいのか、よく分からない思いが胸の中を占めている。


だからどこか似たような思いでいる先輩が、毎日ウチに来ても一緒になってとりとめもないことに思いを馳せているのかもしれない…


数真の嫁だ…

きっと数真なら螢を大事にしてくれるだろう。

螢には幸せになって欲しい。


先輩から溢れるほどの愛情を受けて育った螢だ、必ず数真と一緒に幸せな家庭をつくっていくだろう。


俺は真古都を嫁にして3人も子どもに恵まれた。

真古都がいたから3人の父親になれたんだ。


「真古都…俺の嫁に来てくれてありがとう」


俺は隣にいる彼女に気持ちを伝えた。

真古都の顔が紅潮する。


「も…もう!何言ってんの」


真っ赤になって…相変わらず可愛いな。


「大好きだよ」

「わたしも、翔くんのお嫁さんで幸せ」


真古都に対する愛情が止まらない。

こんなに幸せな時を数真と螢にも持って欲しい。








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