第70話 二人で
「お父さん! お父さん!」
螢は朝一番父親の部屋へ行くと、まだ寝ている父親の蒲団の上から飛びついて叫んだ。
「何やってる!年頃の娘が男の寝室になど入るやつがあるか!」
「だってぇ~」
父親から諌められていると云うのに、そんな事にはお構い無しに頬を染めて父親の腕に絡みついた。
「どうしたんだ、何かあったのか?」
あんまり嬉しそうに微笑む娘に諦めて訊いた。
「わたしね、お母さんになるの。マモちゃんと一緒に数くんとフランスに行くの」
これまで彼女を育ててきて、多分今が一番幸せな顔を見せている娘に、父親は胸が詰まった。
やっとなのか…とうとうなのか…
どちらにしてもその日が来てしまった。
「そうか…」
腕にしがみついてる愛しい娘の頭を、もう片方の手で優しく撫でた。
「それなら尚の事だ。他の男の寝室など入ったらダメだろう!さっさと朝飯の用意をしてくれ」
内心では解きたくない腕を外し、部屋から出るよう促した。
「はぁ~い!」
にこにこ笑って部屋を出ていく娘の後ろ姿に何とも言えない感情が湧き上がった。
20年近く育てきた愛してやまない娘が自分の下を離れていくのである。
幸せになってもらいたい…
嬉しさと寂しさの降り混ざった感情に折り合いをつけながら、タマモの世話を数真とする娘を眺め朝食を摂る。
数真の事は彼が歩けもしない幼い頃から知っている。手を繋いだ螢の後を一緒になって歩いていた…
瀬戸のヤツがリボンを結んだ螢に王子様が迎えにくると言ったら大泣きをしていた…
そんな数真が本当に螢を連れて行く…
時が過ぎるのは早いものだ…
俺に向かって抱っこの手を伸ばしていた数真が、今度はその手を螢に伸ばして連れて行くなんて…
そんな昔の事をあれこれと思い出していると、午後になって今度は数真が俺の部屋にやって来た。
どんなに小さいうちから自分の子どもと変わらずに育ててきた数真も、娘の螢を連れて行く男になったらやはり憎らしい…
「俺…タマモを自分の子どもとして育てる事に決めました。その話を螢にしたら…それでも彼女はついてきてくれると言ってくれました。
彼女を…タマモを…絶対幸せにします!
俺に螢を嫁にください」
殴ってやりたかった…
大事な螢を連れて行く数真が憎らしくて…
だけど…ここから先螢を幸せにするのは俺の仕事じゃない…あの娘が選んだこの男なんだ…
「螢が、お前が良いと言うんだから仕方ない…
螢を頼む…躰にも気を遣ってやってくれ」
そう話すのが精一杯だった…
「ありがとうございます!絶対泣かせません!
タマモと幸せな家庭をつくります!」
数真は何度も頭を下げて部屋を出て行った。
母親から捨てられ…幸せな家庭には縁が無いと諦めていた…その上あんな病気になって益々幸せな結婚を諦め始めた…
良かったな螢…
数真は少し頼りない男だがお前のことは誰よりも大事に想っているヤツだ…
幸せにしてもらうんだぞ…
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