第65話 妻子

 「は…はあぁ?」

尾野寺海帆が間抜けな顔で驚いている。


「子どもって…どう云うことよ…」


タマモを抱いてる俺を見ても納得がいかない顔をしている。

どうやら自分の尺度でしか物を考えられない所は変わってないらしい。


「言葉の通りだ。

俺だって男だぞ、それに婚約者を前に結婚まで手を出さないほど人間出来てないんでね」


尾野寺海帆は怒りで顔を歪ませている。

ハッキリ言って俺はこの女が大嫌いだ。

螢には悪いが止めを刺す役回りをしてもらおう。


「コイツは結婚する前なのにちゃんと俺の子どもの世話をしてくれるし、家のことも任せておける。

良い女だろ。籍が入ってないだけで事実上、俺の大事な妻子って訳だ」


俺はタマモを螢の抱き布の中へ入れると、真っ赤な顔で大事そうに子どもを抱えた。

そんな螢の前に屈むと、頬に手を当てて親指で擦った。


「悪かったな、折角タマモと迎えに来てくれたのに…厭な想いさせたな…」


螢は真っ赤な顔をプルプルと横に振っている。


「やっぱり俺の奥さんは1番可愛いな」


俺は尾野寺海帆へ聞えよがしに言った後螢の頬へキスをした。



ショッピングモールで母さんたちと落ち合ったが、螢の紅潮した顔を見て〔また何かしたのか〕と云う目を父さんは俺に向けていた。


その晩、ベッドの中で俺は昼間の事で螢に声をかけた。


「学校で、あんな事言って悪かったな」


俺は彼女の手を握って謝った。


「わたしは大丈夫…ちょっと恥ずかしかったけど」


「やっぱり螢が1番だな」


そう言って螢を腕の中へ囲い、俺たちは眠りについた。

そんな俺たちをタマモは容赦なく夜中に起こす。

眠い目を擦りながらミルクを作り飲ませる。

螢とのそんな毎日が睡眠時間をどれだけ取られようとも少しも苦にならなかった。



螢はそれからも、買い物のついでに俺を迎えに来てくれた。

多分、父さんの計らいだろう。



「おはよう」


俺は教室に入ると、名雲に声をかけた。

今回は人数の関係もあって俺はB組だが、名雲と同じクラスなのは嬉しかった。


「ホント、お前って噂に事欠かない男だよな」


朝一番名雲が揶揄い半分に口を開いた。

名雲の言いたいことは大体予想がついていた。


螢がタマモを連れて迎えに来るのを、風紀的にどうなのかと、父さんが昨日学校から呼び出された事を言ってるのだろう。



「ウチの嫁と孫に何か問題でも?」


この呼び出しを父さんに伝える時、俺は学校での一件を話し、タマモを自分の子だと公言した事も打ち明けた。


俺は叱られる覚悟はしていたが、なんとウチの父親は腹を抱えて笑っていた。



「いえね、高校生で子どもを作るなんて…お国のフランスじゃどうか知りませんが、ここは日本なんで他の生徒への影響も考えていただかないと…」


教頭が遠回しな言い方で蔑むような目を向けてくる。


「悪いが、ウチの数真は俺の知る限り女性を妊娠させた事はない」


「何を言っているんです!現に婚約者の女性が赤ん坊を抱いて迎えに来ている所を何人もの生徒が目撃しているんですよ。本人も自分の子だと宣言したらしいじゃありませんか」


教頭は此処ぞとばかりに数真の一言を盾に詰め寄ってきた。


「あの赤ん坊は孤児だ」


「?!」


「両親が銃撃戦に巻き込まれて亡くなり、縁あってウチで預かってる。一緒になるあの二人に世話を任せてるが情が移ったとみえ自分の子として育てるそうだ。それのどこがいけない」


呆気に取られた顔で教頭は返事に困っている。


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