第64話 螢との生活

 「久しぶり!」

俺と螢が日本に戻った事を伝えると、名雲と水之江が来てくれた。


俺は二人を中に通し、お茶の用意をする。


「螢も今くるから」


その時ドアが開いて螢が入って来た。

車椅子の螢の胸には抱き布に包まったタマモがいた。


「なんだ…タマモ連れて来たのか」


俺は螢の胸からタマモを抱き上げる。


「寝かせとくとグズるから…今、真古ちゃんお隣に行ってていないし…」


首の座らない赤ん坊を螢が長く抱くのも大変なので俺が代わって抱いてやる。

そんな俺たちを名雲と水之江は口を開けて、信じられない顔で見ている。


「おい瀬戸!水臭いじゃないか!子どもが出来たのなら言ってくれればお祝いだって用意したのに!」

「そうだよ!螢ちゃんもなんで日本にいる時妊娠してるって教えてくれなかったの?」




訳を話すと二人とも苦笑している。

螢の父親が、出張先から子供を連れて帰って来る話しは知っていたからだ。


さすがに、今回は乳幼児で驚いているが、それは螢や俺の家族も同じだった。螢の父親にしてみれば現地で世話をしてくれた夫婦が銃撃に遭い、息を引き取る際に泣きながら託されたのだ、無下にも出来なかったのだろう。



「しかし…なんだな、そんなふうにしてるとまるでお前らの子どもみたいだな」

「全然違和感無いもん、さっさと結婚しちゃえばいいのに」


俺が手際よくタマモのオムツを替え、ミルクをやってる姿に名雲と水之江が言った。


俺が小学校の頃、三女の吾古が産まれている。

赤ん坊の世話は慣れていた。


「うるさい!と…とにかく…あと半年はダメだ!」


俺は友人からの言葉に顔が熱くなる。

卒業までの短い残りを、この二人と過ごすのも日本に帰ってきた理由のひとつだった。




夜中もミルクを飲むタマモの世話はウチの父さんと母さんでしていた。

それを螢が自分でしたいと言い出した。


足が不自由の螢だけでは大変だと、「お前も一緒に世話をしてこい」と、螢の家に送り出された。


久しぶりに帰ってきた姉に、小さな弟や妹は大喜びで出迎えてくれた。

しかも俺と赤ん坊がセットでいるのを見て「お姉ちゃんに赤ちゃんが出来た」と大はしゃぎされた。


どのみち、車椅子の螢は二階にある自分の部屋は使えない。

俺たちは一階の居間を二人で使い、タマモの世話をした。


夜中に泣き出すと螢があやし、その間に俺がミルクを作る。出来上がったミルクを螢が飲ませていた。

飲み終わってお腹が膨れるとまた眠りだす。

そんなタマモを螢は自分の子どものように可愛がっている。



俺は残りの短い期間を再び復学し、名雲や水之江と卒業式を迎えるために学校へ通った。

元々留学生の扱いだからなんとでもなった。


フランスで大学に通っていた俺は、日本の高校生からは大人びて見えたんだろう。

俺に纏わりつく女が増え始めた。


「相変わらず女に不自由しないヤツだな」


名雲が揶揄って俺を笑う。


「うるさい!あんなの少しも嬉しくない」


当然だ、好きでもない女に纏わりつかれて迷惑千万極まりない…


「まあまあ…ほら、奥さんが迎えに来てるぞ」

「えっ?」


名雲の言葉に、俺より驚いて反応したのは周りの女子どもたった。

見ると校門の近くに螢が来てる。


俺は走って近づいた。


「ごめんね、真古ちゃんと近くまで買い物に来て…もしかしたら逢えるかなって…」


含羞んで俯く螢…なんて可愛いんだ。

彼女の胸からタマモを抱き上げる。


「タマモも、来てくれてありがとう」


俺はタマモの頬を指で突付いた。

それを見ていた周りの女子から声が上がる。


「ちょっと!その子なんなの?」


尾野寺海帆…またこいつか…

こいつには厭な思い出しか無い。


「俺の子だ、可愛いだろう」


口を開けて見ている彼女に、俺は笑って言ってやった。





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