第60話 螢の気持ち

 あの時、一瞬見せた悲しみの表情は何だったんだろう…


好きなヤツと結婚式をあげたいって言ってたな…そりゃあ女の子だもんな…

教会に白いウェディングドレス、女の子なら誰でも憧れるだろう…


だけど…螢はどうせ無理だと言ってた…

無理ってどう云う事だ?


あの男との結婚が無理ってことか?


言われてみれば…

俺は自分勝手な想いで螢の意志を無視して彼女の躰を抱いたんだ…


そんな躰では嫁げないってことか…


俺は改めて自分のしでかした事に後悔した。

なんて取り返しのつかない事を俺はしてしまったんだろう…


誰よりも大切な螢の幸せを俺が壊したなんて…

俺は何をしてお前に償ったらいいんだ…



「数くん、ご飯できたよ」


あんな事があったのに…いつもと変わらず俺の為に作ってくれる…


食堂に行くと生姜と醤油の良い匂いが食欲をそそる。


食卓につくと螢が笑顔でご飯をよそってくれる。


肉の味付けが丁度よくて、添えてあるポテトサラダも美味くて…

俺は今凄く幸せだ…


食器を洗って片付けるのは俺の役目。

螢はその間に紅茶の用意をしてくれる。


俺はお前に償いたい。

今更だと罵倒されるかもしれないが、お前の望む通りにしてやりたい。


「螢、昼間のことで話があるんだ」


俺は思い切って彼女へ声をかける。


「数くん、気にしないで。ちょっとした夢だから…」


諦め顔で笑う螢の手を取って俺は彼女に近づいた。


「何でもしてやるって言ったじゃないか。お前のために何をして欲しい?」


こんな聞き方をされても困るだろうが何とかしたいと云う気持ちは伝えたかった。


「わたし…このままが良い…日本に…帰りたくない」


日本に帰りたくない?

俺みたいな男に、もう束縛されずに済むんだぞ?

それほどあの男に会わせる顔が無いと思っているのか?


「ご…ごめ…」


謝りかけた螢の躰を抱き締めた。


「謝るのは俺の方だ。本当なら直ぐにでも帰りたい筈なのに…俺の所為で…」


「か…数くんは関係ないよ…わたしが…ここにいたいの」


辛い筈なのに…いつも俺のことばかり考えてくれる…


「俺と一緒でいいのか?」


「うん…数くんの傍がいい…」


俺の胸の中で可愛いことを言ってくれる螢に愛しさが止まらない。


「お前がいたいなら好きなだけいればいい」


お前が再び歩きだして幸せになれる為に、これからの時間はお前の為に使うよ。


「そのかわり、これからは何でも俺に言ってくれ。遠慮はするな、いいな」


「うん…うん…ありがとう」


螢が俺の胸に顔を埋めて答えてる。

本当にこれで良かったのか判らない。


ただ単に俺が螢を側に置きたいだけなのかもしれない…

それでも、俺は螢の為に頑張るから…


お前と一緒にいられるなら何でもやれそうな気がする。








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