第59話 歩けない理由
「何度も言いますが、本当に足は何ともないんですよ」
医者は説明がつかない状況を声に出した。
「それでも歩けないのは、彼女の中、精神…心の中で、何かしら“歩きたくない” “歩いたらダメだ”と云うストッパーの様な物があるのかもしれません…」
心の中…
螢が歩けない
俺は帰り道、医者からの言葉を何度も思い返していた。
「螢、天気も良いし、少し回り道して帰ろうか?」
俺は公園への寄り道を提案すると、いつもの笑顔で返してくれた。
公園に着くと柔らかい芝生の上に螢を降ろしてやる。
気持ちの良い風が二人の周りを通り過ぎる。
螢が芝生に寝転び目を閉じる。
「気持ちいいね、数くん…」
螢は目を瞑ったまま俺に伝える。
「そうだな…」
返事をした後も螢の顔をじっと見ていた。
小さい頃から何度も二人で公園に来ては、今みたいに芝生に寝転び時を過ごしてきた…
俺はその度に思った。
芝生に横たわる螢は白雪姫みたいだと。
仰向けに寝てる螢の横へ、俺は側臥位の形になり手で頭を支えて彼女を見た。
夕焼け色の髪に白い肌…
そのまま寝かせておいたら溶けて無くなってしまいそうに見える…
螢を護るのは自分だと、キラと競い合ってた頃が懐かしい…
出来ることならその唇にキスをして、お前を手に入れ俺だけのものにしてしまいたい。
直ぐ側に横たわる螢の髪にそっと触れる。
螢がうっすらと目を開け俺の手に頬を当てて微笑む仕草が堪らなく愛しい。
「螢、足が動けるようになったら行きたい所とか、やってみたい事があるだろ?歩けるようになったら俺が何でもしてやるぞ」
とりあえず、本人が歩きたいと思ってくれないとな…
螢は俺の顔をじっと見て、少し躊躇うように口を開いた。
「ホントに…数くんがしてくれるの?」
あんまり乞い縋るように俺の手を握りながら訊くので、こっちの方が焦った。
だけど、日本に帰ったらもう会うことも無いだろう。
螢の願いを訊いてやれる最後のチャンスだ。
「約束する。お前の頼みなら何でも訊いてやる。言ってみろ」
俺は僅かに顔を近づかせて話す。
「ほ…星が…綺麗に見える所に行きたい。
森林に囲まれた所…車の音とかが聴こえないような…」
螢が訥々と言葉に出す。
「判った、絶対連れていくよ。他には?
やってみたい事は無いのか?」
螢の頼みなら何でもきいてやるつもりだった。
「あの…でも…」
遠慮しているのか、中々言葉に出ない。
「遠慮するな、言ってみろ」
「……したい」
「えっ?」
「す…好きな人と…結婚式がしたい…」
螢は真っ赤な顔を俺の手の中に埋める。
俺は固まって何て答えたら良いのか頭が真っ白で考えが浮かばない。
好きな人って…あの男か?
そんなの俺に頼まなくても…
「ごめんね…無理なの…判ってるから…」
螢が寂しげな表情で口角を上げた。
「い…いや…無理って云うか…
それは…好きなヤツに頼めばよくないか?」
その時の螢が見せた失意に満ちた表情が俺の胸を苛む。
「もう、帰ろう」
螢にそう言われて俺たちは帰路についた。
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