第58話 祖母の話

 「久しぶりね、数真」

正直、今一番会いたくない人だった。


「あの日、わたしの電話を訊いてしまったのね?」


俺は自分の躰が固くなるのを感じた。


「貴方のお父さんと、お母さんの病気について話してたの…数真はお母さんの病気をどこまで知っているの?」


静かにされた質問に躊躇したが答えていった。


「母さんは…昔の事を思い出せない病気だと教えられた。そのうち…病名を訊いたら“解離性障害”だと父さんが…その病気については俺も色々調べた…母さんの力になりたくて…」


父さんが言うには母さんの場合、原因が複数あること、これといった特定が出来ないことなどから、治療が困難で長引いてると…


「数祈を…亡くなった貴方の父親を恨んでいるの?」


悲しげな目で祖母は俺を見た。


「酷い男だとは思いましたが…恨んではいません…」


おれは素直に気持ちを伝えた。

それを訊いた祖母は安堵したようだった。


「数祈の父親が同じ病気で亡くなったのはあの子が12歳の時だった。それから暫くしてあの子にも病気が発症して…」


祖母は目に涙を溜めて離し始めた。


「数祈が、そんなふうに真古都さんと結ばれたなんて知らなかったわたしは、お嫁さんを連れて帰ってきたと凄く嬉しかった。

真古都さんもわたしの前ではいつも幸せそうで…二人はどんな時も一緒だった。


貴方が生まれてからも変わらなかった。

貴方の世話は全部、数祈がしたのよ。

乳飲み子の世話なんて三日ももたないと思っていたのに…

それはずっとあの子が亡くなるまで変わらなかった。


真古都さんは言ってくれたのよ。

たとえ自分にした事やついた嘘が本当でも、

一緒に過ごした日々で確かに言えるのは、ずっとわたしは旦那様から愛されていたと…


何も持っていない自分をずっと変わらず愛してくれたあの子を自分も愛していると言ってくれたの…」


祖母は持っていたハンカチで何度も涙を拭いていた。


「あの子を酷い父親だと思っても、お母さんを大切にしてあげてね。そんな貴方を我が子として育てて来たお父さんを誇りに思ってちょうだい」


そんな事…言われなくても判っていた。


「それに…前にも言ったけど、わたしの会社を数真に継いで欲しい気持ちは変わらないの。卒業後はどこかへ就職するなら、もう一度考えてみて」


祖母はこれからの事など、少し話しをした後

帰っていった。


俺は祖母が帰った後、暫く座ったままこめかみを指先で押さえ動かずにいた。


キュ…

その音にハッとする。


キッチンにいる螢を忘れてた!

俺は慌てて行くと、螢が申し訳ない顔で俯いている。


「ご…ごめんなさい…た…立ち聞きするつもり無かったんだけど…出ていくタイミングを…逃しちゃって…」


俺は側に行き力一杯抱き締める。


「いいんだ…螢になら…何を知られても構わない」


背中に回してくれる螢の手が優しく感じられる。


「遅くなって悪かったな、ご飯にしよう。

明日は病院だから、早く寝ないと」


俺は螢の頭を撫で、無理に笑った。











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