第25話 虫
数真の【彼女が一番大事】宣言は、思わぬ波紋を呼んだ。
転校生の美少女を《蝿女》と罵った事より、
誰もが羨むほどの美形で女の子なら皆な見惚れてしまう彼が、実はこれ程自分の彼女一筋であり、独占欲の強い
この話を聞いた誰もが驚きを隠せなかった。
この一件で女子の間では今までにも増して数真の人間は爆上りした。
美形の王子様が脇目も振らず自分だけを見てくれるのである。女の子にとってはこの上ない憧れだ。
それは少なからず螢にも影響があり、
〈ねぇ、あの子でしょ?数真くんの彼女〉
〈羨ましいよねぇ…あんな大好き宣言されちゃってさぁ…〉
など…色々なところで噂が広まった。
数真としては、この機に乗じて自分の気持ちを伝えたいところだ。
「ねえ、やっぱりダメ?」
「ダメだ!」
螢が数真の顔を覗き込んでのお願いを、数真は即答で却下した。
螢は残念な顔で悄気げている。
しかし数真は自分の意見を曲げる気はない様子だ。
「ねえ、ねえ、どうしたの二人とも?」
心配した彩希が訊くと数真が理由を話してくれた。
数真の家は兄妹3人とも父親が違う。
三女の
元々フランスに住んでいたこともあり、夏休みは顔を見せに一家で帰省するのが習わしになっていた。
「見送りに来たいって言うが夕方の便だし、コイツが帰る時間遅くなるだろ。だから家の前までで良いって言ったんだよ」
成る程…見送りは嬉しいが家に帰る時間を考えると心配でそれも出来ない。
螢にしてみれば暫く逢えないので、せめてギリギリまで傍にいたかったらしい。
「それならさ、わたしたちも見送り行くよ。帰りは螢ちゃん送って行くから、それならいいでしょ?」
彩希が螢の為に提案してくれる。
「うん、そうだな。暫く逢えないんだ少しでも傍にいてやれよ。俺たちは大丈夫だから」
淳史も快く彩希の提案に賛成してくれる。
二人がそこまで言ってくれるならと、数真も渋々了承した。本当は数真が一番離れ難いのである。
「ええ~っ! うっそぉ〜っ!」
空港に向かう電車の中で彩希はスマホを見てつい声をあげた。
「どうしたの?」
彩希の上げた声に淳史が驚いて訊き返す。
「どうしよう…
今にも泣きそうな顔を彩希は淳史に向けた。
空港のカフェテリアで一家は休息していた。
「なんだよ、結局螢姉とくっついたんじゃん」
「いいじゃない!わたし螢ちゃんがお姉ちゃんなら大歓迎だわ!」
数真と螢のテーブルの隣のテーブルに他の皆んなは座っていた。
「うるさいぞ翔真!」
隣のテーブルから数真の声が飛ぶ。
螢とのことが家族にバレてしまい、なんとも身の置きどころがない。
「今すぐにでもお嫁さんに来て欲しいわ」
「そうだな、帰ったら離れを改装しよう」
さすが、この両親の考える事は極端だ。
お陰で、嬉しいやら恥ずかしいやら2人は折角の
「瀬戸くん! ごめん!」
数真に会うなり彩希が謝ってきた。
そこには二人の他にもう一人合流した人物がいた。
訊くと、螢を送って行く話を何気なく彩希は夕食の時話をすると、後日兄が送迎役を買って出た。
彩希も、兄ならばとついOKしたが、当日になって学部の先生に呼ばれ行けなくなったと連絡が来た。
来る途中のラインがそれだ。
来れないなら別に自分たちが送ればいいから構わなかったのに、兄は申し訳ないと思ったのか友人に代役を頼んだらしい。
「螢、俺との約束覚えてるか?」
数真は螢に向かって訊ねた。
一瞬、何のことだろうと思ったが、螢も直ぐに数真との約束を思い出した。
螢は頭をコクンと頷いた。
数真はその友人に顔を向けた。
『くそっ! またこいつか!』
あの遊園地で会って以来、何度か顔を合わせるこの男…そう、
偶然も重なれば必然になる。
こいつ…螢を狙ってるんだ!
数真は静かにその男へ話しかけた。
「折角来てくれて申し訳ないが彼女の事はこちらで何とかする」
〈お前はさっさと帰れ〉
「水之江からも頼まれてるし責任持って送るから心配いらないよ」
〈この話を訊いた時無理言って水之江に頼み込んだんだ。ここで引けるか〉
「螢はここからタクシーで帰らせる」
〈何が責任だっ!お前が一番危険なんだよ!〉
「ここからじゃタクシー代が大変だよ…俺の事は気にしないでくれ」
〈幾らかかると思ってるんだ!折角二人きりになれるチャンスなのに!〉
「心配には及ばない」
〈しつこいヤツだな!金の問題じゃないんだよ!〉
一歩も引かない2人を淳史と彩希は不安な様子で見ていた。
それとは対象的に、数真の両親である翔吾と真古都は静かに見つめている。
「俺の為に来てくれたんだ。俺の責任で帰らせる」
数真は財布から札を2枚出すと、螢の手を取りその中へ握らせた。
「螢、気をつけて帰れよ」
別れを惜しむ気持ちが握られた手から伝わってくる。
「うん、エリックによろしくね。来年はお父さんも帰ってくるからわたしも行きたいな」
「それは楽しみだな。エリックにもそう伝えとくよ」
男の螢への気持ちを確信したのと、名残惜しさで数真は螢の躰をその手で囲った。
「お前、俺の彼女だから…忘れるなよ」
螢の耳元で囁やく。
数真からの三年ぶりの抱擁だった。
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