第24話 約束

 「はあ…」

数真は螢を連れて裏庭まで来ると、立ち止まって大きな溜息を吐いた。


「ご…ごめんなさい…」

目から次々としずくがこぼれ落ち、喉が詰まって言葉が出て来なかった。


「何故謝る?お前は何も悪くないだろ…」

数真は持っていたタオルで螢の頬を拭う。


どうしよう…

あんな言い方をしてたけど、わたしに向けたあの子の目は本気だった…

あの子…わたしから数くんを取る気なんだ…


そう思うと嗚咽が止まらない…


数くんが取られちゃう…

嫌だ…ずっと好きだったのに…

もう少し傍にいたい…だけど…

あんな子にわたしなんかが敵いっこない…



目の前で泣く彼女に、数真はどうしていいか思案にくれる…

螢が俺の前でこんなに泣くのは子どもの時以来だ。

どうしたもんか…


迷った挙げ句、数真は近くにあるベンチへ螢を座らせ、隣に自分も座った。

肩を震わせて泣く螢に、触れて良いものか手を近づける度に躊躇する。


大好きな螢…

誰よりも大事な螢…

どんな女の子より愛しい螢…

この気持ちを伝えたいのに…

臆病者な俺は拒絶されるのが怖くて言い出せない…


「螢…夏祭り…」

「えっ?」


場違いな話題に、思わず俯いていた螢が顔を上げてくれる。戸惑いの表情で俺を見つめる瞳に、学校と云う場所が何とか俺の理性を壊さずにいてくれる。


「夏休み、祭りまでには必ず帰る。その後は一緒に過ごせる」

「わたしと? わたしでいいの?」


縋り付くように俺を見つめる眼差しが胸を締め付ける。


「嫌なら誘わねーだろ、しっかりしろよ。

俺の彼女はお前だろ?」


俺はもう一度螢の顔をタオルでなぞった。


「数くん…嬉しい…」


頬を拭う俺の手に、タオル越しでも顔を寄せ、やっと笑ってくれた…

その笑顔が俺の一番の宝なんだ…


「そのかわり…約束しろよ…

俺がいない間、他の男となんて出かけるなよ」

螢の耳元で確かめるように言った。

彼女は頬を染めて頷いてくれる。



次の日、この放課後の一件で俺はクラスの数人から吊し上げを喰らう羽目になる。


俺が教室に入ると一変で判るほど厭な空気に変わり、自分の席に向かう俺の背中に心做しか冷たい視線を感じる。


一人、また一人と近づき、10人ほどの男女に机を囲まれてしまった。


「瀬戸くん、あなた昨日の放課後、他のクラスの生徒も大勢いる前で海帆に怒鳴って恥をかかせたんですってね!」

一人の女がいきなり噛み付いてきた。


「何の話だ?」

「惚けるな!海帆ちゃんから夏休み誘われただろ!それをいい加減にしろと怒鳴ったそうじゃないか!転校して来たばかりで友達も少ないのになんて冷たいヤツだ!少しくらい顔がいいからって図に乗るなよ!」

別の男も俺を愚弄する。


どいつもこいつも頭に蛆でも湧いてるのか?


「海帆は優しいから同じクラスの瀬戸くんと仲良くなりたかっただけなのに!なんて酷い男なの!」

「全くだよ!こんなに可愛い海帆ちゃんから誘われてるのに断るって何様だよ!」


俺の中で何かがプツンと切れる音がした。


バンッ!!!


思いっきり叩いた机の音に周りの奴等がビクついた。


「随分な言い種だな。同じクラスの仲間?

この女がしてる事がか?」

態度を一変させた俺に、周りの奴らは怯んだ。


「俺はな、ずっとこの女に迷惑してるんだ!転校生だから我慢してればつけあがりやがって!」


「迷惑って何よ!あんまりじゃない!」

「海帆ちゃんは友達になりたかっただけだ!」


周りを囲んでる別の生徒からも責める声が上がる。


「だったらお前がなってやれよ。俺はご免だ!」


近場にいた男女を睨みつけて言った。


「俺には彼女がいるんだよ!こんな蝿女の相手なんかしてられるか!

毎度毎度纏わりつかれてうんざりだ!」


俺は、昨日螢の涙を見てから、二度と彼女にはあんなふうに泣いて欲しくないんだ!


「お前ら好き勝手言ってるが自分たちはどうなんだ?!

自分の彼氏に始終付き纏って、何処かに行こうだの、お茶に行こうだのそんな女が傍にいても断った彼氏をあんまりだと責めるのか?

自分の彼女にベタベタ寄り付いてるヤツが、事もあろうに俺も彼女を狙ってるんだと宣言されて、いい加減にして欲しいと怒った彼女に、クラスメイトになんて冷たいだ、もっと仲良くしてやれと責めるのか?」


一方的に自分たちの考えを押し付ける彼らのやり方が腹に据えかね、俺は一気に捲し立てた。


「俺は彼女の周りにそんなヤツがいたら仲良くされるなんて死んでも嫌なんだよ!

だから俺も同じ事はしない!

狭量な男だと蔑まれようが、俺は自分の彼女が一番大事なんでね!たとえクラスメイトでも、最低限の付き合いだけで、プライベートでは関わるつもりはない!」


数真の【彼女が一番大事】宣言には、海帆を擁護する者たちだけでなく、教室にいた他の生徒も大いに面食らった。













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