第23話 発言

 「おはよう」

螢が教室に入って自分の席に着くと、クラスメイトの女の子が意味ありげな笑いを浮かべながら近づいてきた。


「おはよう、辻宮さん」

「お…おはよう…」


近づいてきた女の子は2人。

いつも何かにつけて螢に難癖をつける輩だ。


「辻宮さん、折角彼氏が出来たのに…残念な事になりそうだけど…気を落とさないでね」

螢はいつもの嫌がらせだと思ったので、何も言わずに黙っていた。


「もしかして知らないの?」

皮肉交じりの嫌味な言い方が胸をさす。

「瀬戸くんのクラスに転校生が来て、物凄い美少女らしいわ」

「その子が瀬戸くんにご執心で猛アタックしてるみたいよ」


数くんのクラスに転校生…

彼が女子に人気でモテるのも判ってる…

告白だって数しれない…

だけど…ご執心で猛アタックって…

数真を信じてても胸の中はざわざわと厭な想いが広がっていく。


「あんな美少女にグイグイこられたらどんな男も落ちちゃうだろうって」

「瀬戸くんのクラスじゃ、あと何日で彼が落ちるか賭けてるそうよ。辻宮さん振られて泣いてもティッシュの一枚くらい分けてあげるから心配しないでね」

女の子たちはゲラゲラ笑って自分の席に戻っていった。


螢はその日の間、一時もその事が頭から離れなかった。


『一体…どんな子なんだろう…』


なんだかいつも以上に厭な予感がして、帰りのホームルームが終わるや急いで帰り支度をすると、一目散に教室を飛び出した。


心配でたまらない気持ちを払拭するように数真の教室へ向かった。

ところが、一年生のフロアに来ると途端に歩みが遅くなり、あと少しで数真の教室と云うところでついに足が止まってしまった。


こんな事でわざわざわたしが来たら迷惑になるかもしれない…

そう思ったらもう足が動かなかった。


「ねえ、夏休み何処かへ遊びに行こう?」

「無理だ」


放課後のざわついたフロアに、その声が耳に入ってきた。

甘く強請る女の子の声も一緒に…


「だってわたし、転校したばかりでまだ友だちいないし…付き合ってよ」

「そんな暇はない」


小さな口を尖らせて、上目遣いで彼に纏わりついている。今にも彼女の豊かな胸が彼の腕に当たりそうだ。


「ねぇ、行こうよぅ」


やめて…お願い…それ以上数くんの傍に寄らないで…!

そう言いたいのに声が出なかった…


「いい加減にしろよ、無理だって……えっ?」

数真が隣の教室前にいる螢に気付いた。


「どうしたんだ?珍しいなお前がこっちの教室に来るなんて。キラに用事か?」

数真は螢の傍に走って来て訪ねた。

キラくんに用がなければ来ちゃいけないの?

数くんに逢いに来たのに…

螢は唇を噛んで俯いた。


「瀬戸くんだぁれ? あっ3年…失礼しました。

わたし、瀬戸くんと同じクラスの尾野寺海帆です。何かご用ですか?」

愛くるしい顔で笑顔を向ける彼女に、どんな男の子も靡かせてしまう魅力があった。


「あの……」

魅力的な彼女の前で、自分なんかが彼に逢いに来るなどと云う身の程知らずな行いをした事が恥ずかしくて言葉が出ない。


「もしかして俺に逢いに来たのか?わざわざ来てくれるほど好かれてるとは嬉しいな」

彼の言葉に、少し気分が和らいだと思いきや、隣りにいた彼女が極めつけの言葉を発した。


「え〜わたしも瀬戸くん狙ってるんです!

今猛アタック中なんですから先輩には負けませんよ!」


螢の中で何かが崩れていく…

ダメだ…泣いちゃダメだ…

そんな切ない気持ちを無視するように、しずくが頬を伝わって落ちていく。


「いい加減にしろ!」

数真は螢を自分に引き寄せた。


「コイツは俺の彼女だぞ!そんなふざけた寝言は他のヤツに言え!俺が欲しいのはこの女だけだ!」

毎度毎度纏わりつかれて、さすがに堪忍袋の緒が切れた。

数真は他の生徒がいる面前で海帆を怒鳴りつけた。


「行くぞ螢」


3年の女子、しかも海帆からすればとても数真とは釣り合わない子に見えた。

素行の悪い人間が染めている様な赤い髪に、顔一面にある無数の雀卵斑そばかす


そんな彼女の手をしっかり握り足早に去っていく後ろ姿を、ただ呆然と見送っていた。



 








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