第20話 理想

 瀬戸の父親が開いている画廊。

俺も彩希ちゃんも瀬戸の思わぬ家庭環境を知る。


「ふ…普通って…名前呼びがか?」


「他にどんな呼び方があるって云うんだよ…」

瀬戸の様子だと名前以外の選択肢は無いような言い方だ。


「あっ…口の重い父さんには愛称呼びは無理だからな!」

愛称呼びって…そんなヤツいないだろ!?

「翔真くんのお父さんがよく呼ぶよね」

「エリックはチャラいからな…」

今、瀬戸も螢ちゃんもサラリと凄い事言ったよな?

螢ちゃんは何か知ってるみたいだけど、俺と彩希ちゃんは完全に蚊帳の外だ…


「俺のうち、兄妹3人とも父親違うから」

色々面食らってる俺たちの様子を見かねて、瀬戸が教えてくれた。


「大体お前んトコの両親はなんて呼び合ってるんだよ」

自分の家を指摘されたんで瀬戸は面白くない顔で訊いてくる。


「それこそ普通だよ。

《おい》とか《ねえ》とか、

《お母さん》とか《お父さん》とか…なあ?」

俺は別におかしくない事を確認するため彩希ちゃんに同意を求めた。

「うん、ウチも似たようなもんだよ」


「えぇーっ あり得ない!」

まさかの螢ちゃんからのダメ出しが来た!


「だって…どこの家もそんなもんだよ?」

「ない、ない、ない、ない…」

当たり前のことを言っているのに、螢ちゃんのこの否定ぶりに加えて、

「よくそんなんで離婚されないな。そんなぞんざいな呼び方で不満を言われないのか?」

瀬戸の発言…

俺も彩希ちゃんも話が噛み合わないことに当惑するばかりだ…


「文化の違いだな…俺の育ったフランスでは普通の家庭でふだんから自分の妻を《おい》とか、《お母さん》などあり得ない」

いつもクールな瀬戸だが、この話題には本人的にも思うところがあるのか、いつも以上に顔を顰め、その言葉にも憤慨さが現れている。


「自分のことを《お母さん》としか呼ばれなかったら…その子のとは認識しててもとは認められてないってことでしょ?…」


そんな大袈裟な…たかだか呼び方で一つで…それこそそんなことにいちいち文句を言われたら自分を信じられないのかと逆に腹が立つ。


「《言わなくても判る筈》などと思うのは傲慢な考え方だ。人は言葉を介してこそ判り合える。思っている事は言葉で言わなければ相手には絶対伝わらない」


えーっ!好きな女に未だに好きだって言えないお前がそれを言うか?


「まあ、今のは父さんからの受け売りだが、ウチの父さんは口が重いからな…もう少し優しい言葉をかけてやればいいのに…それなだけが難点だ…」

父親の愛情表現を心配する前に、自分の心配しろよ…


「でもエリックさんには結構牽制してるよ?」

「当然だろ…母さんにベタベタ甘いんだから…

少しは父さんも見習えばいいんだ…」

見習うのはお前だ、瀬戸。


俺は心の中で、これほど愛情表現の豊かな環境にいながら、それが全く瀬戸に反映されないことがなんだかもどかしくなっていた。



試験まで俺たちは瀬戸の家で勉強する事になり、その間嫌でもご両親のベタベタを見せつけられる。


初めはびっくりしてたが、慣れとは恐ろしいもので、そのうちご両親のベタベタも気にならなくなり、寧ろいつまでもあんなに仲のいい夫婦が羨ましいと思う様になった。


なんだかんだと文句を言ってるが、あの夫婦像が瀬戸の理想なんだと確信する。









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