第11話 幸甚

 嘘っ! 嘘っ! 嘘っ!

わたしは家に入るなり真っ直ぐ自分の部屋に行きベッドに飛び込み顔を枕に沈めた。


な…なんで?

なんでわたしなの?

顔が熱い…

心臓が口から出そうなくらい忙しく鳴ってる…


数くん…高校生になったら中学の時よりもっと素敵になっていて…

本当…亡くなったお父さんにどんどん似てくる…


数くんのお父さんは男の人なのに凄く綺麗な顔をしていて、絵本に出てくる王子様そのまんまだった…


真古ちゃんが見せてくれた動画に写っていたお父さんは、数くんをあやしながらミルクをあげたり、

お風呂に入れたりしてた…


「こんな王子様みたいな人がわたしのことを凄く大事にしてくれたの…今でも信じられないくらい…」


真古ちゃんはそう言ってた…


でも…真古ちゃんを選んだ気持ち、判る気がする…

真古ちゃんはわたしのことも数くんと同じように面倒を見てくれた。

それこそ姉弟同様に…


だけど…姉弟じゃない…

どんどん素敵になっていく数くんに、

わたしはドキドキした…


学校で赤毛をバカにされて泣いてた時も…

雀卵斑そばかすを汚いとバカにされて泣いてた時も…

数くんはその度に相手の男の子と喧嘩して…


「螢の髪は夕焼け空みたいに綺麗だ」

雀卵斑そばかすは満天の星空みたいだ」

そう言って慰めてくれた



そんな数くんだって男の子だもん…

大きくなったら彼女は自分と釣り合った子を選ぶだろうと思うとちょっと切なかった。

わたしは二つも年上だから…


だから…諦めたのに…


数くんは周りの女の子が五月蝿いからだって…

そうだよね…数くんモテるもん…


夢はいつか覚めちゃうけど…

それでも…少しだけ夢見ていいかな…



コンコン…

「螢、入っていいか?」

キラくんの声だ。

「どうぞ…」


「お前の様子が可怪しいって、チビたちが心配してたぞ…」

それくらいでわざわざ見に来てくれるなんて、キラくんも過保護だな…


「螢、熱があるのか?!」

キラくんは慌ててベッドまで来ると、わたしのオデコに手を当ててきた。

「やだな…熱なんかないよ」

「だけど…顔、赤いぞ…」

困ったわたしは、キラくんが心配してるので数くんとの事を話した。


「あのバカっ! 何考えてんだ!」

キラくんが怒ってる…

どう云う訳か、この二人はあんまり仲が良くない…


「螢!そんなふざけた提案なんか乗ることないからな!」

そう言ってくれるけど…

「ごめんなさい…」

わたしはキラくんに謝った。


「何言ってるんだ! もう少し自分の事を考えろよ!」

螢の両肩を掴んで俺は懇願する。

「わたしだって女の子だよ…

夢くらい見させてよ…」

寂しそうに笑う螢が可哀想だった…

「大丈夫…は判ってるから…

だからお願い…少しだけ夢を見させて」

そこまで言う螢に、それ以上は言えない…


「約束…絶対無理はするなよ…」

握る手に力がこもる…


「ありがとうキラくん…」



次の日、学校に行く途中で数くんが待っていてくれた。


「数真! ちょっと来い!」

俺はキラに、螢から少し離れたところまで連れていかれた。

キラの様子から、多分俺とのことを螢から訊いたんだと判る。


「いいか!螢を泣かせたら絶対許さないからな!

それと…螢が無理をしてると判ったら直ぐ様この茶番劇はおしまいにするから肝に銘じとけ!

大体、こんなふざけた事、俺は許したくなんかないんだ!」

キラはそれだけ言うと、さっさと行ってしまった。



「螢、行くか」

彼女の傍に寄って誘う。

「はい…」

少し頬を染めて螢が言ってくれる。


学校が近づいて、生徒の数も多くなると俺たち2人をあからさまに見るヤツが増え始めた。

螢は申し訳ない顔で俯いている。


「螢…」

俺は彼女の頭に手を伸ばして話しかけた。

「お前、俺の彼女だからな…俺を裏切るなよ」

それを訊いた螢は目を丸くする。


「わ…わたしは数くんだけだもん!」

螢が真顔で言い張った。

意外だったが、そんなふうに言ってくれるのが嬉しかった。

「そうそう…俺だけだからな…忘れるなよ。

その代わり…俺もお前だけだから…」

最後の方は、螢にだけ聴こえるように耳元に顔を寄せて言った。


俺と螢が付き合い始めた噂はあっと云う間に広まった。












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