第10話 バイト帰り

 「名雲敦士です。よろしくお願いします」


名雲がバイトを始めた。

そう、俺と水之江が働いている花屋に…


「名雲どうしたんだ?」

俺はなんで同じバイト先なのか理由も判らず訊いてみた。


「いや…話に訊くとさ、最近瀬戸くんと彼女の仲があんまり上手くいってないらしいから…俺と彩希ちゃんで仲良くしてれば、彼女との事で誤解してたら勘違いだって思ってもらえるかなって…」

名雲が照れ臭そうに教えてくれる。


「それに瀬戸くんがそんなに好きな女の子にも興味あったしね」


こっちは真剣なのになんだよ二人して!

そう思ったが、何故か少し嬉しかった。


…なんて思ってた自分が甘かった…


「彩希ちゃん、こっち終わったよ」

「彩希ちゃん、重たい物は俺が運ぶよ」

「彩希ちゃん、鉢は俺が洗うよ」


とまあ、誰が見ても名雲の水之江に対する態度はあからさまではっきり判る。

水之江の方も、「ありがとう敦士くん」と、

まんざらでもない様子に、従業員の間では二人の仲は進展中と認定され始めている。


やれやれ…

二人とも学園祭のノリでこの芝居を楽しんでるみたいだ。


俺の方は相変わらず自分から螢に話しかけられないでいたが、螢の方はなんだか落ち着かない様子が見て取れる。



「お疲れ様でした〜」

「瀬戸くんまたね~」


当然バイトがおわると名雲と水之江は二人して帰っていく。

俺も帰り支度をすませて店を出た。


「あ…あの…数くん…」

店から出て、少し行ったところに螢が思い詰めた顔で立っている。

俺の心臓は一気に跳ねた。


「何やってんだ。こんな所に一人でいたら危ないだろ!」

心配な気持ちがつい、責めるような口調になってしまった…くそっ!

こんな事が言いたい訳じゃないのに…

なんで俺はこんな物言いしか出来ないんだ!

俺は自分を殴ってやりたい…


「ごめんなさい…」

螢が何か言いたそうにしているのが判ってるのに…俺があんな態度だから萎縮させてしまった…


俺はお腹に力を込め、深く息を吸った…


「ほら…送ってくから…行くぞ」

心臓の跳ねる音がどんどん響いてくる。

螢の声を訊くのも、こんな近くまで傍に寄るのも久しぶりだった。

こんな手の届くところに螢がいると思うと、俺の心臓は静まるどころか、益々騒がしく鳴っていく。


「な…名雲くん…随分彩希ちゃんと仲良くなったね…」

螢が掠れそうな声で話しかけてくれる。

「そうだな、あいつらバカみたいに楽しくやってるよ」

ホント…名前で呼び合うとか…いつからそんなに仲良くなったんだ…


「数くんは…その…大丈夫なの?

彩希ちゃんが名雲くんと仲良くしてて…」

螢がぎこちない態度を見せる。

少し俯きかげんで、俺の方を向こうとしない。


螢は名雲が言うようにやっぱり水之江との事を誤解してた…?

ここはしっかり否定しとかないと!


「水之江はバイトの先輩ってだけだし!

名雲は同じ同好会で悪いヤツじゃないから!」


俺は自分と水之江は何でもない事を伝えた。


「そ…そうなんだ…」

螢の顔にやっと少し笑顔が戻ってきた。


「お前こそどうなんだ?三年になれば…彼氏とかいるやつも多いだろ…?」

螢の返事が怖かった…

好きなヤツがいたらどうしよう…

そいつと付き合いたいと思ってたらどうしよう…


「わたしには…無理だよ…こんな…みっともない顔だし…」

螢は鼻の周りや頬をなでて諦めた顔をしてる。

俺は一気に胸が苦しくなった。

「何言ってるんだ!そんな雀卵斑そばかす気にするなよ!」


子供の時には気にしなくても、年頃の女の子だ…

他の子には見られない、鼻や頬を中心に胡麻を散らしたようにある無数の雀卵斑そばかすに引け目を感じてるのだろう…

螢は色が白いから余計雀卵斑そばかすが目立つ。


「それに…男の子と…どんなふうに付き合ったらいいのかよく判らないから…わたしじゃつまらないと思う…」

お前…そんな諦めた顔で笑うなよ…

そんな事…俺は思ったこと一度もないぞ!


螢の家が近付いてきた。


「数くん、送ってくれてありがとう…

久しぶりに話も出来て嬉しかった、またね」

帰ろうとする螢の腕を掴んで引き止めた。


「お前…試しに俺の彼女やって練習してみろよ?」

「えっ?…えぇ?」

俺の提案に螢は可也り驚いてる。

まあ…当然だよな…弟としか思ってないヤツからこんな提案されたら誰だって驚く。


「俺もさ、周りの女どもが五月蝿くて困ってるんだ…お前なら丁度いいし、いい考えだろ?」

ここは何としてでも首を縦に振ってもらわないと!


「だ…だけど…わたしなんか…」

「なんだよ…義理立てする様な好きなヤツでもいるのか?」

俺は顔を近づけて詰め寄った。

「ち…違う…けど…」

「じゃあ決まりだな!今から俺の彼女だから…

他の男と必要以上に近づくなよ」

俺は握った手に力を込める。

螢は困った顔で俺を見上げた。


だけど…色白の顔が真っ赤に染まっていて、

メチャクチャ可愛かった…







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